アパート敷地内で子どもが遊ぶな、は差別?〜本当は子どもが学ぶチャンスを奪っていませんか〜

先日、日本人向けフリーペーパーの不動産Newsページで見つけた記事です。

米司法省がフリーモントのアパートで子どもが外で遊ぶのを禁じていたオーナーと管理人に対し、子どものいるファミリーへの差別にあたるとする訴訟を起こしたことが明らかになった。
訴えられたのはオーナー、マネージャー、ルール遵守を行っていた元管理人の3人で、訴えによるとウッドランド・ガーデン・アパートメントでは、共有部分にある芝生のエリアで子どもたちが遊ぶことが禁じられていた。ここに住む子どもがいる5家庭が住宅都市開発省に苦情を出したことから訴訟が申請されることになったという。訴訟では罰金、今後の差別的ルール設置の禁止、これにより被害を受けた住民への賠償が求められる。(週刊ベイスポ 2013年11月8日号17面より抜粋)



・・・これは考えさせられました。実は私が日本で住んでいる分譲マンションでも、いつからか、共有部分では遊ばないこと、遊ぶ場所ではありません、などと張り紙がされるようになりました。さらには、子どもの仕業と思われる、ラウンジ内の備品の損傷や汚れなどが相次いだ結果、なんと住民を監視する監視カメラの設置が実行されたのです。
実際この録画内容は誰かがいつも監視しているわけではなく、何かが起こった時にチェックできるように、とか、いたずらの抑止力があるはずだという理由での設置だったと思うのですが、正直すごく残念だなと今でも思っています。

理由はまず、子どものすることを「悪」ととらえているから。そして「悪への対処法」という考え方をしているのはとても上から目線で一方的だと思うからです。大人ってそんなにエライのでしょうか。子どもって禁止、抑制しないとダメな存在なんでしょうか? 
時と場合によると思いますが、この件に関してはもっと穏やかであたたかい解決法があったのではないかと思います。

また、「遊ぶ場所ではありません」というのは、高電圧だとか、とにかく危険な場所ならともかく、マンションの敷地内ではなんだかとても寂しい言葉です。
色々な事情を抱えた人たちが住んでいる集合住宅。子ども好きな人ばかりでないのはわかっています。子どもの声や足音だけで気分が滅入るような人も、いるのかもしれません。
でも、それならまず「歩み寄り」の姿勢をとるのがコミュニケーションですよね。遊びたい子どもたち、遊ばせたい親たち、静かな住環境を求めている人たち、子どもは賑やかで当たり前と思っている人たち。本当は自分の子がはしゃぎすぎているの、わかっているけれども、監督しきれていないんです・・・と反省している親だっているかもしれません。

とても大変なことだけれども、子どもを含めて様々な人たちの立場に立つという基本的な姿勢、あったら良かったね、って思います。
子どもにとって、社会生活でのマナーを考えるという、こんな教育的なチャンスはないのだから。そのチャンスを、「禁止」という方法で奪う結果になったというのは、何度も言いますが本当に残念です。って、私は仕事のためこの時の住民会議に欠席した身なので、今さら仕方ないのですが・・・。自戒の意味もこめて、ここに書き残しておきます。

【私が思う、この問題で子どもが学べたかもしれないこと】
1、人の気持ちを考えること
2、色んな考え方の大人がいると知ること
3、(禁止でなく条件付きになった場合)遊びかたを工夫すること
4、公平な話し合いによって物事が動くという体験
5、子どもである自分も住民のひとりとして認められていると同時に、その責任を感じること


他にもあると思います。

信頼ベースのコミュニティづくりは、やり方ひとつでどのようにもなっていくでしょう。私たち大人の行動は、そのまんま子どもたちが見て、学習していきます。
文句ばかり言っていても仕方ないので、私自身、生き方で示していける人でありつづけます!
by rapisblue2 | 2013-11-14 07:25
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