「ほっこりさん」て何?両極端を見つめる癖をつけよう

お正月、以前からかなり気になっていたマーマーマガジンを書店で見つけました。2013年WINTER、発行は12月12日との記載があります。新百合ケ丘の有隣堂、元旦。棚にはまだ5冊ほどあったので、まだ手に入るかもしれません。
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翌日に会う人がこのテイストと合うかもしれないと思い、実は「私はさらっと読めればいい、明日あの人にお年賀のプレゼントにでも」というつもりで購入したのに、目次を見ただけで自分のセンサーが強く反応!「これはすごい」。さらっと読むなんてあまりにももったいないと、プレゼントするのは延期にさせていただきました(笑)

マーマーマガジンのモットーは以下の5つ。

●環境に配慮した、人道的なファッション
●全体性のある美しさと有機的な生活
●からだ、こころ、魂への気づき
●自然への感受性
●自分を大切にすることが、近くの誰か、そして地球を大切にすることにつながっている



この号の特集は『土とともに生きる〈後編〉 今いちばん気になる農の話』。自然栽培のこと。自然農法の提唱者である故・福岡正信さんについて周囲の方々のお話。インタビューもエッセイも、それぞれの人間性がひしひしと伝わってくるような、ずっしりとした文章揃いでした。
他には断食体験、冷えとり、市販のシャンプー等を使わない普通とは違うヘアケアについてなど、ふつうの雑誌ならどれか一つでしょうと思われるコンテンツが一冊に、一度に、こんなに、しかもハッキリとしたスタンスで書いている!!と、びっくりしたと同時に、これらの話題が好きなはずの私でさえ若干引き気味になっております(笑)。それくらい充実しているということです。

冷えとりについては私もこんな本を読んだ後にさっそく靴下セットを購入してみた一人です。が、面倒くさがりなのでこれを日常の中に組み込むことができず、時々思い立った時に使用する程度になっています。確かに薄く柔らかなシルクが肌にあたっているのはとても心地が良いし、あたたかいのは本当です。が、15枚とか20枚履く(そして、脱ぐ、洗う)という境地にはとてもとても。個人的には2枚から4枚くらいで充分です。私はもともと足が大きいので、そんなに重ねてたら外に履いて行ける「靴」が、いよいよメンズしか選べなくなってしまいますからね(笑)。


両極端を見つめる癖をつける

ちょっと話はずれますが、両極を知っているということはとても大切だと思っています。というとなんだか当たり前すぎて響かない一文ですが、たとえばマーマーマガジンのような、ある意味すごく偏っている雑誌を喜んで面白がり味わいながらも、これを批判する人たちの意見も少しばかり見ておくというバランス感覚です。

今回もこの記事を書く前にちょっと調べただけで相当数出て来ました、冷え取り反対、あるいは疑問を呈しているお医者様や整体師の方のご意見。
また、身分を明かさずに人のことをあーだこーだ言っている掲示板。こんなことしている暇がある人たちって・・・と思わなくもないですが、でもこの中にひとつだけ、うなづけるものがありました。彼らは彼らから見て不思議な人たちのことを「ほっこりさん」と呼んでいるのです。そして、


なぜほっこりさんたちはそんなに冷えてるの?
肉を食べて運動していれば冷えなんて無縁のはずだけど、ほっこりさんたちには御法度なんだろう
靴下何枚も履いてるの気持ち悪い
水虫になりそう
冬になるとほっこりさんたちは鍋でコトコト野菜を煮てストーブの前で読書とかして体動かさないんだろうな
こんなにステキなものに囲まれてこんなにほっこりな暮らしをしているの見て〜!



などなど(私の記憶の中の言葉たちなのでそのままではありませんが)言いたい放題です(笑)。その内容は正直どうでもいいのですが、何より私が注目したのは「ほっこりさん」という呼び名です。「ほっこりするね」「ほっこりしましょ」「ほっこり時間」・・・実はこれは私自身、数年前に非常に違和感を感じた言葉でした。少なくとも私は小学校では習わなかったし両親始め育った環境では聞いたことがなく、大人になってからナチュラル系の雑誌で初めて知り、それが次第に浸透して受け入れられ非常によく使われている、そしていつしか自分も使うようになった言葉、という認識です。
「なんでもかんでもほっこりほっこりって、他にも色々な美しい日本語があるだろうに」と内心思ったりした時期もありました。(生意気。そういう自分もfuwariというアカウントで、ひらがな多用のふわふわしたブログ書いていた時期もありましたから、人のこと言えません笑)


ほっこりの意味

goo辞書で出て来たのはこちらです。

[副]1 いかにも暖かそうなさま。ほかほか。「―と暖かい綿入れ」「心が―する話」
2 ふくよかなさま。
「―とした風だったけが、今ぢゃあ痩(や)せおとろへなんして」
3 つやがあって鮮やかなさま。
「庭の紅葉さへ―とした色がないわい」

[名]ふかしたさつま芋。


・・・ところが京都では「大変」「つかれた」「うんざり」などの意味だそうです。ほっこりしたからお風呂に入ろうとか、そんな感じで使うようです。知りませんでした!

とはいえ、ほっこり女子のイメージなんかがここまで広まると、今さら「それは誤用です」とも言いづらい空気ですね。個人的には、言葉は生き物のようにその時代に沿って変化して使われていくものだという考え方に賛成です。でも本来の意味を知っておくこと、背景に関心を持つという姿勢は日本語を扱う者として忘れたくないなあと思います。

そういえば先日、Facebookでのやりとり中、いただいたコメントの中に「必ずや名を正さんか」という言葉を書いてくださった方がいました。言葉が正しくないと社会も文化も混乱する。迂遠なようでもまず名目や言葉を正すのがすべての基本、という意味の孔子の言葉です。新年に思いがけずプレゼントをいただいた気分で、私はこの言葉を、ブログをタイプするPCの前に置いておくことにしました。


この号を読んでみたいけど手に入らないよ〜という方、お貸ししますのでお声がけくださいね。
by rapisblue2 | 2014-01-06 23:55
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