<   2013年 06月 ( 6 )   > この月の画像一覧

アボカドと私の共通点?!

アボカドを食べたあと、夫が種を発芽させて土に入れました。

みるみる育って、どんどん葉が出て、でも、…ひょろひょろ。

そんなとき、「いったん思い切って茎を切ると、茎が強くなって、葉がふさふさになる」ってきいて、ドキドキしながら、ちょっきん。

…しばらく何も起こりませんでした。

それまでは、朝と午後でも葉の大きさが違うとわかるくらいのスピードで成長していたけれど、葉を残さなかったから、光合成もできないし。本当に時が止まってしまったように見えました。

うーん、やっぱり切っちゃだめだったのかなあと、ほんのり罪悪感。でも、時間をかけて復活するのかもしれない。自信をなくしかけたり、信じようとしたり、気持ちが揺れていた時。
夫が言いました。

…「確かに上には伸びてないけど、なんか、茎が、太くなってない?」

近づいてよく見ると、微妙な違いだけれど確かにそうだ。
そして、…
その茎の途中で、小さな小さな芽が膨らみ始めているのを見つけたのです。

わあー!!!
よく出てきたね!!
待ってたよー!!
がんばったね、
切っちゃってごめんね、
びっくしたよねえ、
あー、うれしいー。
なでなでなで。

私は恥ずかしげもなく、鉢に向かって愛おしい眼差しをおくりながら、しゃべり続けました。

そこからは、早かった!

ニョキニョキと、新しい芽が光を求めて伸びてきます。

柔らかそうな葉っぱたちが、今まさに、開こうと準備をしています。

この一つのいのちは、当たり前のことをしているだけなんだ。

ただ、それだけなんだ。
d0236399_8294155.jpg


人間も自然の一部なのだから、自然に沿った暮らしをしていれば、同じ法則の中で共鳴しあえるのだと思います。

それは何も、単に田舎暮らしすればいいということでも、ケミカルなもの一切排除すればいいということでもありません。

そのマインドがあるかどうか、ではないでしょうか。


豚の子宮のなかで、ヒトの臓器をつくれるようになったのだと聞きました。
これについては様々な論争が繰り広げられるだろうと思います。

でも、似たようなことは、もうとっくに世の中に蔓延しているのです。

種ができないように処理された果物や野菜。
虫もカビもつかないあらゆる食品。(例:マーガリン)

その不自然さを知らずに食べ続けることで、わたしたちの、いのちの自然が遠ざかって行く。とてもシンプルな構図です。

臓器つくるのとは、話が違う?

わたしは、とても似ていると思います。
その事象を見ている私たちの心が。

臓器という、形ある直接的なものだから、イメージがわかりやすくて、ヒトとして違和感も感じやすいだけ。
動物の子宮で育った臓器を例えば自分のカラダに入れる?とんでもない!気持ち悪い!
…一方で、
安くて便利で旨いとPRされている食品を、何の疑いもなく喜んで購入。時には、行列に並んで。
本当は食品とは言えないような、危険で不自然なものだったりしても。確実にわたしたちの臓器や遺伝子に影響を与えているものだとしても。

未知なるものが体内に入るのは同じなのに、なぜ前者はNGで後者はOKという気持ちになるのでしょう。

様々な情報を捉え、「私たちは騙されている」と脅す人たちがいます。
食品にしても、ワクチンにしても、あらゆる政治関連の報道にしても、新聞やテレビで言っていることがすべてではないと。
その可能性は、じゅうぶんあると思います。

たとえば国をあげての大々的なワクチン接種PRの裏で起きていること、本当の目的についてなど、私自身も正直、疑問を感じたり考えたりすることがあります。

また、ホームセンターで、海外では販売禁止されている除草剤が、便利で素晴らしい商品として、誰でも購入できるように陳列されていることに、恐ろしさを感じたこともあります。
これは、ホームセンターをスーパーマーケットに、除草剤を食品という言葉に替えて、同じことが言えます。

でも、「ホントはね…!!」などと脅されて、強制されて動くのは、結局「ふりまわされている」、動く方向が変わっただけで、マインドは根本的にはおなじことです。
そこから脱却して、とにかく自分で考え、自分でしらべ、知った上で、自分で選択することが大切ではないでしょうか。


まずはフラットな気持ちで、こわがらずに、しらべてみませんか?

・・・

食べ物について見直すと、何も食べられなくなるんじゃないか、
手間がかかることはできない、
良いものは高い、高いものを日常的に食べる、それは経済的に負担で、無理だから、あえて知らないでいる、
という方もいます。

わたしはそんな人の気持ちも、尊重したい。
ただ、「何も食べられなくなる」「手間がかかる」「経済的に負担」、食を大切にしている私自身の感覚では、どれも事実ではありません。
上記のようなイメージは、【食】という一面だけで見ているからなんだろうなと、推察しています。


今、当たり前に毎日食べているものを見直し、手放せば、新しい食習慣と出逢うことになります。むしろ選択肢が増えていきます。
食習慣は、暮らしの習慣。考え方も、カラダも、気持ちも変化していきます。それはどんなバラエティ番組よりも面白いし、とってもエキサイティングです♪

本物の食材や調味料を使えば、余計な味付けや工夫は必要なくなり、料理の行程はとてもシンプルになります。

カラダが丈夫になり、たとえ体調を崩しても、その原因や対処がある程度、自分でわかるようになるので、病院に行かなくてすみます。やがて、あらゆる医薬品が必要なくなり、医療費はかからなくなります。

マクロビオティックという生き方を、人に押し付けるつもりは全くありませんが、始めて5年目の私の、正直な実感です。

マクロ(大きな)
ビオ(生命)
ティック(法、技)

どうしても、料理のことばかりが一人歩きしがちなマクロビオティックですが、
個人的にいちばん大切にしたい解釈は、
「生命を大きな視野でとらえて、自然と調和する生き方」。

その考え方に沿った調理法や食べ方が、側面として存在しているというだけなのです。

何が良いか、そうでないかは、一人ひとりのカラダによって違うのが当たり前。
絶対にこれが正しい!という食べ方なんてありません。
100人いたら、100通りのマクロビオティックがあります。

・・・

以前なら、アボカドの姿を見た時、「すごい。私も頑張ろう!」という認識だけだったかもしれません。
今は、わたしたち人間にも、植物たちとまったく同じ法則が働いていると感じます。

そこに、たとえば一日だけでもいい、身も心も委ねてみる!

…ちょっと、こわいですか?

だいじょうぶ。

何度でも言います。
私たちは、自然の一部です。
答は外ではなく、私たちの中にあります♡
d0236399_9302550.jpg

ご近所の自然栽培農家さんで撮影した一枚。

〜〜〜
おまけ情報!

近々これを、かならず観に行きます♪

『奇跡のリンゴ』
http://www.kisekinoringo.com

絶対に無理と言われた【リンゴの無農薬栽培】に挑んだ、木村さんの実話が映画に。
たのしみです。


〜〜〜
たいせつなお知らせ

かぼちゃのおうちのオーダーケーキは、7月末日でいったんお休みとさせていただきます。
by rapisblue2 | 2013-06-21 09:48 | まじめなお話

「塩梅」と、梅しごと

梅雨入りと情報が流れてからも、それが信じられないような快晴や暑さに、どうしちゃったのかしらと思っていましたが、やっと梅雨らしくなってきました。農家さんにとっては、恵みの雨ですね。

空はどんより、
じめじめ湿度が高く、
ときどき雲間から照りつける日差しは意外と強い。

いそがしくしていると、ただ「じめじめして嫌だわ〜」と思っていた梅雨ですが・・・
ひさしぶりに夕方まで予定のない今日は、初めて、このじめじめ感を、嬉しく感じることができました。あ〜、日本だなあ〜。梅雨が明けたら、仕込んだ梅を干せるんだな〜、などなど。

そうです。今年もしました、梅しごと。

Vege&Fork Marketスタッフのご家族、高松京子さん主宰のヘヴンズミールファクトリーさんで購入させていただいた小梅。梅COBOと梅干しの仕込みをしました。

梅COBOは、ウエダ家さんの本を参考に。

 ウエダ家 HP → http://cobo-net.com

…仕込みはとってもシンプル。
梅と水道水を瓶に入れて、しばらく冷蔵庫で寝かしてから常温に置いてあげると、酵母が一気に元気になって、シュワシュワ!!天然の炭酸ジュース、今から楽しみで仕方ありません。
お砂糖の入った甘い飲み物は苦手な私ですが、梅の自然なうっすらした甘みと爽やかな酸味に心を奪われました。梅雨明け以降の蒸し暑い季節にぴったり!飲んだそばから、元気がみなぎる感じです。

こちらの梅は、「もう10年以上なんにもしていないけど、毎年できる梅」なんだそうです。きっと酵母ジュースでも梅干しでも、その野生の威力を発揮してくれるでしょう。色づいた梅は一斉に落ちてくる、それをひたすら拾って販売、残る分はせっせと梅干しなどの加工品に。

販売される京子さんの梅干しも、とっても美味しいんですよ♪

タイトルの【塩梅】ですが、学生時代、バイト仲間たちとの旅行で自炊した際に、先輩がカレーを煮込みながら「いいあんばいだね。あんばいって、塩梅って書くの知ってる?」と言ってくださって、初めて知りました(笑)。

社会人2年目くらいの時に、やさしい装丁と文章に惹かれて購入した【美人の日本語】。
色々なところに持参したり、家で読んだり。これまで自宅にある書籍は、数が増えると何度も見直して手放してきましたが、いつも手元に残っている本。薄汚れていますが、時折思い出して、読んでみるのです。
d0236399_1424929.jpg

6月13日のページ、テーマは【塩梅】でした。

・・・

昔の調味料は塩と梅酢でした。ですから、塩梅とは、もともと味加減をさす言葉です。「塩梅する」といえば、料理の味加減を整えるということでした。
もうひとつ、よく似た言葉に、「按排」があります。物事をうまく処理するという意味です。

これらの言葉が一緒になって、物事のぐあいを表す言葉になったそうです。
すでに、中世のころから、混同してつかわれていたらしく、中国でも同様の例があるそうです。

塩と梅酢だけで味付けするのですから、ほんのわずかな加減で左右されてしまいます。

「程よく」ということほど、難しいことはありません。
塩梅とは、そんな、微妙で繊細な気遣いまで含まれた言葉なのでしょう。

引用:
美人の日本語 山下景子
幻冬舎発行

・・・

最近は、「手作りの梅干しなんて気持ち悪い」と感じる人も少なくないようです。
減塩で本物の梅干しを作るというのは、とても難しいこととされています。
(私も、生まれて初めての時は、塩はなるべく少ないほうがいいだろうと、勝手に12パーセントで仕込んだのですが、ばっちり、ふわふわと白カビが浮きました。でも、すくって、こして、梅酢を煮立たせて、塩を加えて再度漬け込んだら、きちんとできました。これまで食べてきたどの梅干しよりも美味しくて、感動しました!)

塩を減らすかわりに、様々な化学調味料やPH調整剤、保存料などで漬け込まれたようなお漬け物のほうが、清潔感がある…というのも、なんだか哀しいことですね。

なんでも、自分で作ってみると、その本質、ありがたさが身にしみてわかるようになります。

私は、こんにゃくイモから、こんにゃくを作ってみたことがありますが、
それはもう!!もう、ほんとに、大変っ!!!!
想像していたよりもずっと手間と時間がかかるし、
家の中はすごいにおいで充満し、何日も消えません。
大量にできあがったこんにゃくは、滋味深いといえばそうですが、なんだかもう作るだけで胸がいっぱいになっていた私は、とても食べきれませんでした。
こんにゃくは、プロに任せよう…。うん、そうしよう、と誓ったのです!

その後たまたま、電車の車窓から「こんにゃく工場」を見つけた時、尊敬の念を抱いた事は言うまでもありません(笑)。もちろんこんにゃくも、こんにゃくイモから作っているところと、そうでないところと、ありますね。
加工品だけでなく、畑で育つお野菜でも、その農家さんの背景を知ることで、見方感じ方がガラリと変わっていきます。

・・・

フルーティな、すばらしい香りに包まれながらの梅しごと。日本人として大切に続けていきたいと思います。

今年、我が家で漬けた梅も、翌日にはしっかりたっぷり梅酢が上がってくれました。この梅酢も、おむすびの手水にしたり、スポーツドリンクがわりになったり、虫さされに塗ったりと、万能選手!
あとはカビないように祈りながら、梅雨を過ごします。

(おまけ)夫は夫で、青山ファーマーズマーケットで購入してきた無農薬の梅を、ラム酒+メープルシロップ、黒糖。焼酎+黒糖+椰子砂糖で、漬け込んでいました!こちらのお味見も、たのしみです。

〜〜〜
たいせつなお知らせ

かぼちゃのおうちのオーダーケーキは、7月末日でいったんお休みとさせていただきます。
by rapisblue2 | 2013-06-14 15:12

Vege&Fork Market vol.6を終えて ③ゴミ処理コミュニケーション

※これはFacebookノートで、イベント終了直後に書き留めた文章に少し手を加えたものです。
すこしきつい文章かもしれませんが、基本的な想いは一ヶ月たっても変わりませんので、3回に分けてご紹介します。今回は最終回です。

〜〜〜

分別は、一日目よりグンと楽になりましたが、お昼時はお皿やカップ、お弁当箱等かさばるものがガンガン入って来ます。
早い段階で、面白いことがありました。

高さのある、紙製のお弁当箱。そのまんま、潰されもせずいくつも入っています。
フタと箱の部分のつなぎ目を半分にちぎって並べ、中を上向きにして入れ直しておきました。

すると次に見に行ったとき、新たに入ったはずの同じお弁当箱が、同じように上向きで重ねて置いてありました。放り込むのではなく、先の捨て方にならって、開いて、重ねてくれたのです。
平たい紙皿についても同じでした。
何枚かを重ねて縦にして入れておいたら、次からは、やっぱり同じようにそこに差し込まれていました。もちろん100%じゃないんです。でも、あったかいじゃないですか!
思わずニッコリ。

また、カップをワゴンのトレーに重ねて置くという見本についても、時間とともにそこに重ねてくださる方が増えていくのです。
それなりのボリュームになってくると、目につきやすくなったようで、袋にポイされる確率が減っていきました。待ってみてよかった♪
これこそ、「スタッフとお客様とが、一緒に創る」感覚です!時々、美術館の企画展なんかにありますよね、こういうの。

仕掛けについて、「???へんなの」と思う人も、「げ、なんだかめんどくさいな」と思う人も、まったく気付かなかった人もいたでしょう。それはそれで、今日のところは気にしない。
自分たちが「イイ!」って思っていることをしていて、それにノってくれたらラッキー、という、ちょっとした遊び心だから。これって、すごく面白いコミュニケーションだなあ!と気付いた瞬間から、楽しさ倍増しました。

※二日目イベント終了時のワゴン周辺。「ごみ捨て場というより、納め場だね!」と言ってくれた人がいました。
d0236399_1921963.jpg

仕掛けをする。様子を見る。反応がある。それを見て、目指すものとちょっと違っていたら、修正してみる。いい感じだったら、あえてそのままにしてみる。
まあ、仕掛けって言うと、ちょっと下心があるような感じで語弊があるかもしれないけれど。
楽しんでいました(笑)。

ただ、大きな気づきをいただいた、来場者さんからの言葉がありました。
「それにしても、オーガニックのフェスなのに、こんなにゴミが出るのは信じられない!土地柄じゃないのかしら?都内ではありえないよ。来場者みんなマイ食器持って来るし、出展者ももっと意識しているよ。ウエス(はぎれ等)を持ってるのは当たり前。ごみは持ち帰るのが当たり前。私がさっき食べたお弁当も、美味しかったけど、箱はリュックに入ってる。◯◯(大きなイベント)にはごみ箱がないのよ。」
なるほど、確かにです。

土地柄というのは、その時はピンと来なかったのですが、よく考えてみるとすごく当たっている気がします。なぜかって、Vege&Fork Marketの開催地は川崎市。
川崎市は現在、ゴミ分別に非常に無頓着なところです。燃える燃えないの区別もなく、何でも燃やしてくれるのです。(特別な高温消却によりダイオキシンが出ないんだとか・・・)
缶、瓶、ペットボトル、小物金属、粗大ごみ、ミックスペーパー。くらいのもの。
おかげで、静岡にいた4年間で、とことん鍛えられたはずの分別意識も、すっかり麻痺してしまった私がいます。そう思うと、燃える燃えないという言葉にすら反応できない人がいるのも、理解できます。
ようやく来年から、分別が厳しく(といっても他都市に比べたらゆるいと思いますが)なるそうです。これに合わせて、Vege&Fork Marketのゴミストーリーも変わっていけるかもしれません。いえ、変えたいですね、変えます!

二日目の試みの成果は、確かにありました。それだけを見ると、喜ばしい。でも今回のことは、あくまで、もともと沢山あるゴミへの表面的な対処にすぎません。
整理して、つぶして、という作業により7袋のゴミ袋が空になりカサは減りましたが、それでも10袋残りました。ほとんど汚れていないお皿や、未使用のカトラリーが包装したまま大量に捨てられていることにも違和感をおぼえました。

本部で販売したリユース食器は想像以上に売れたのです。が、今日使って、拭いて持ち帰り、また次回持って来るというよりは、そのかわいさとお値打ちさ、竹の繊維でできているという話題性に惹かれたお買い物という感じの方が多く、実際に使用しているお客様はあまり見かけませんでした。
イベント前に、私たちスタッフがイメージしていた形とは違うものになってしまったことは、認めざるをえません。ゴミの絶対量を減らす、環境への負荷を減らすということには、ほとんど貢献できなかったのです。当然のことでした。PRも、準備も、まったく間に合っていませんでしたから。

なお、私が【ゴミを減らしたい!】という記事を書いたことにより、「環境問題を真剣に考えているイベント」という認識で今回初めて来場(視察?)された方から、「食べ物ばかりで、ゴミ減少対策には全くなっていない」というご意見をいただきました。おっしゃる通りです。堂々と言うことではありませんが、環境問題を訴えている集団ではありません。まず、皆さんに喜んでいただけるような、心地の良い食のイベントを開催するということが大前提でした。コンセプトは、「いつもとちょっとちがうもの、食べてみませんか?」です。これまでゴミ減対策には、なかなか踏み込めていなかったのが現状です。
でも、このままではいけないなと感じていた私たち。ブログやFacebookで【マイ食器、マイカトラリーをご持参ください。販売もしています!】という告知をするので精一杯でした。

ただ、全体から言えば本当にわずかではありますが、このブログをご覧になって、確かに、「マイ食器持ってきましたよ♪」という方が何人もいらっしゃいました。それが、オーダーケーキやケーキの会などで、地道に関係を築いてきた方々だったりするわけです。
涙が出るほど嬉しかったです。ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。

本当にゴミ減少、環境への負荷を最小限に、ということを考えるのであれば、抜本的にイベントの在り方から考え直す必要があります。
ゴミの問題は来場者の方にお願いするだけでは解消せず、パッケージを出す側、つまり出展者の方々とも、しっかりと意見交換をして、協力を仰がねばなりません。が、ただただリユース食器を導入すれば良いかというと、衛生面などの問題が出てきます。

前回の、初めてのリユース食器導入、しかし味気ない感じがいまいちで、それを踏まえて今回のカラフルかつエコ素材のものを販売。
ゴミ箱周辺の環境づくり、仕掛けづくりを、とことんやってみる。そこで課題がたくさん見えてきました。
6回目にして、やっとゼロ地点に立ったところです。これから、ですね!

・・・

Vege&Fork Marketスタッフとして関わってきて、前回は初めての出展。そして今回は運営側で、個人的にいくつかの目標をもって動いてみました。
「強いコミットを感じた」と主催の戸田氏にコメントをもらい、事実そうだったなと思っています。
初めて支給されたスタッフTシャツのおかげも、あるかしら?
本当にたくさんのことを真剣に考えたし、感じました。
自分がどういうスタンスで人とコミュニケーションをとり、環境づくりをしていきたいのか、かなりハッキリしてきたように思います。

色々なイベントボランティアに関わったことがあるけれど、ボランティアなのにこんなに真剣に、一人ひとりが責任をもって仕事をしているイベントは初めて見た、というご感想をいただけたのは、素直に嬉しかったです。
また、この記事①〜③に書いたようなことを、とある当日ボランティアさんと話していた時、「どこで、そういう考え方を勉強されたんですか?」と目をキラキラさせながら聴いてきてくれた、ということがありました。

どこなのかなあ。考え方は、保育の環境設定と似ているような気はします。でもきっと、それだけではありません。
勉強しようと思って勉強したことでもなくて、ただ興味があることに進んできたらこうなっている、という感じで。
興味の先には、それこそ学びを学びというカテゴリーにせず、ただ感じ、積極的に人生楽しんでいる人たちがいて、そういう人たちって、おちゃめでセンスがよくって。自律心と人を信じる力と、許す懐の深さを持っていて。一緒にいて、すーごく楽しい。

私にとって、Vege&Fork スタッフの仲間たちは、そんな存在です。一人ひとり個性的で、みんなそれぞれ才能と役割を認め合っていて、心地よいのです。
(トッティ、のんちゃん、かっちゃん、くっく、あきこさん、りょうじ、いつも本当にどうもありがとう!大好きな仲間たちです。)
やればやるほど、課題が出てくる。やればやるほど、面白い。次回は残念ながら不在となりますが、今後も、私なりの関わり方で継続していきたい、大切なイベントです。


〜〜〜
たいせつなお知らせ

かぼちゃのおうちのオーダーケーキは、7月末日でいったんお休みとさせていただきます。
by rapisblue2 | 2013-06-14 07:03 | まじめなお話

Vege&Fork Market vol.6を終えて ②あえて書かないということ

※これはFacebookノートで、イベント終了直後に書き留めた文章に少し手を加えたものです。
すこしきつい文章かもしれませんが、基本的な想いは一ヶ月たっても変わりませんので、3回に分けてご紹介します。今回は②です。

〜〜〜

Vege&Forkではこれまで正直「必要なもの」としてゴミ箱を設置する、という意識でしかなかったと思います。少ないメンバーそれぞれの役割がありましたが、ゴミ箱担当というのは特になくて、当日、定期的に袋を交換するという仕事が存在している程度。

一日目の「だめだこりゃ(苦笑)」をどうにかするべく始めたのは、ゴミ箱に手を突っ込みながら仕分けをして、同じもので重ねられるものを重ねたり、つぶせるものはつぶしたり、という作業。
これをしているだけで、捨てにくる方が気を遣ってくださる(=協力してくださる)のを感じました。
また、幼い子がよくわからずポイしようとしたところ、お母さんが「待って!」ととめて、きちんと「ストローはこっち、お皿はこっち」と誘導している場面もありました。その瞬間の、子どもの意識の変化って大きいと思います。

また、面白かったのは、スタッフが、あーだこーだおしゃべりしながらゴミ箱に手や顔つっこんでしばらく作業していると、子どもが寄ってくること。
何か楽しいものが入っているのかな?という感じで、興味深そうに。その子にとっては、興味をひかれたから寄ってみた、という当たり前のことで。それがどれだけ大切なことか。

本当はこういう姿じゃなくて、きれいに分別されている、でも遊び心のある楽しい場所としてゴミの行き場が存在している、というところ(そして、自然に協力している大人の姿)、または、そもそもゴミは持ち帰る、という姿を見せたいものですが・・・
興味を持つ、ということの大切さを、かわいい子どもたちから教えてもらった一日目でした。

これを受けて色々感じたこと、ひらめいたことがあり、ふつふつとわき上がる、「やってみたい、試してみたい♪」という想い。時間も限られていて理想の100%には届きそうになかったけれど、やれるだけのことをやってみることにしました。

そして迎えた二日目。もちろん私だけではなく、同じように感じていたスタッフも新たなアイテムを持参!
包装紙を貼ったダンボール箱に加え、ワゴンや、バケツ+ざるセットなど、より細かい仕分けがしやすいような工夫をプラスしました。

ワゴンでは、トレイなども配置して、まずは様子を見てみることにしました。
何かに使えるかなーと、私が家にためていた苺のパックを、見事カップホルダーにしてくれたボランティアさんたちのアイデアも、とってもステキでした!
何より、それを楽しんで作ってくれていたのが、嬉しかったです。

また、好評だったのは、格子状の柵(ガーデニング用?)を立て掛けてカップホルダーにしたアイデア。ゆるすぎずキツすぎず、本当に、菱形の空間に、ちょうどぴったりカップが納まってくれたのです。捨てる、じゃなくて、はめる(笑)。もはやこれはオブジェ!
カレーを食べた後のカップ(黄土色)、スムージーのカップ(緑やピンク)などなど、カップにこびりついている食品の内側の色を、あえて見えるように立て掛ける。Vege&Forkのスタッフは、こういうユーモア、大好きです。なんか、アートとしては中途半端感ありありでしたが、即席としてはすばらしい。「かわいい!」「いいねえ!」と興奮気味なスタッフたちでした(笑)。

ワゴンのところは、早い時間でゴミが捨てられ始めたところに手を加え、環境づくりをしてみました。プラカップはここに、紙カップはこっちに重ねて置いておく。
これも私だけでなく、Vege&Forkスタッフ共通の認識だと思っているのですが、最初からあれこれ指示、説明文を書くと「場の美しさ」と「想像力」が失われていきます。

「燃える」「燃えない」を書いているのに、なぜ「コップはここに」と書くくらい、いけないのか、という意見もいただきました。わかりやすくするほうが親切ではないかと。
正論かもしれません。
ただ、私としては、「燃える」「燃えない」と、「コップはここに」は、次元が違うことなのです。

ここで言う「美しさ」とは、「ゴミが完璧に分別されていること」ではなく、「イメージの統一感が保たれていること」です。
色彩感覚、空間センスは人それぞれ。だからこそ、文字で指示を書くという考え方もありますが、まず、公共の場で文字を書くということは、けっこう重たいことだと認識しています。手書きの場合は特に。その一文字の「字体」に個人の生き様が表れ、意識しなくても、見た人にあらゆる心理的影響を与えるからです。
また、その場の雰囲気や人の魅力が、文字という知的なものによって薄まってしまう危惧もあり。
そもそも、文字を書けば誰にでもわかる、という前提はどこからくるのでしょうか?
本当は「文字を書かなくても誰にでもわかる」ということが、最も洗練されているということだと思うのです。そして、そんな場所を創れる人たちを、私は心から尊敬します。

「こうしましょう、ああしましょう」想像力を失う環境づくりをするのは簡単なこと。
私は、そうではない、もっと楽しい取り組みをしたいと思いました。
まず理想型をそこに作っておく。無言のサインを残しておいて、また様子を見ます。
ちょっと乱れ気味になると、また手を入れておく。
巡回しながら、仕掛けのようなことを、ちょいちょい、するだけです。



〜〜〜
たいせつなお知らせ

かぼちゃのおうちのオーダーケーキは、7月末日でいったんお休みとさせていただきます。
by rapisblue2 | 2013-06-14 06:20 | まじめなお話

Vege&Fork Market vol.6を終えて ①ゴミって何?

※これはFacebookノートで、イベント終了直後に書き留めた文章に少し手を加えたものです。
すこしきつい文章かもしれませんが、基本的な想いは一ヶ月たっても変わりませんので、3回に分けてご紹介します。

〜〜〜

6回目を迎えたVege&Fork Marketが、終了しました。
今回はゴミ箱周辺の仕事をしてみて、二日間で感じたことを忘れないうちに。

前回まではダンボールを素で置いていただけだった(笑)ゴミ箱。
今回、まず一日目は、それに包装をすることから始めました。うちにあった、英字とガーデン系のイラスト入りの新聞紙というか包装紙みたいなの。それだけでだいぶ印象が変わりました。

  〜以前、青山のファーマーズマーケットのとある出展者さんが、ごみを回収するものとして、バンブーと布でできたランドリーラックを使用していたのを見ました。インテリア好きな私としては、そのかわいさ、斬新さに感銘を受けました。それだけで、捨てる時の気持ちが全然違うということを感じたこともあり、かなり印象に残っています。〜

で、一日目、その箱を置いているだけだったのですが、多少かわいくしたところで、結局あっというまに山のようになって(そのペースが早すぎる!)分別もめちゃくちゃ、缶や瓶もまぎれていたり、食べ残し飲み残しもそのまんま入っていたり、すごい状態でした。すごい状態だから、その上から捨てる人も、どんどん適当さとすごさが増す。だめだこりゃ(苦笑)。

まあ、当たり前といえば当たり前かなとも思いました。その瞬間自分に関係ない(と思う)ことに対して、人はそうそう動けない。

私たちだって、前回リユース食器の導入をしてみて「使われない。ゴミが減らない。」と落胆をひしひしと感じたことによって、初めて今回「ゴミ対策で、何かもっとアクションしてみたい」と思うようになったわけです。


環境問題を訴えたりとか、きれいにしましょうとかご協力お願いしますとか言っても、例えば今持っているプラカップを分別しなかったからといって、ここが汚くなったからといって、自分に何もデメリットがない(と思う)んですものね。
「協力」だって、どんな人がどんな想いでやっているか知らなければ、共感のしようもないだろうし。
想像力や共感力、奉仕精神に長けている人ばかりではありません。
やっぱり、心が動かなきゃね。

でも、どうせ無理とか仕方ないということではないんです。
確かに「自分のゴミを自分で片付ける」という意識が全体的に低いのは感じました。
世の中にゴミ箱や、回収を許す場がありすぎなんじゃないかしらと。今は外食先でも、食べ散らかしてすごい状態のまま帰ったり、持ち込みお菓子やインスタント離乳食のゴミを、「すみません」「ありがとう」と言えばOKとばかりに平気でお店に置いていったりするご家族も多いと感じます。

私の母はそういうことはしませんでした。
ちょっとしたティッシュでもお菓子や薬の袋でも、かならず自分のポケットやバッグに入れて持ち帰るよう躾けられました。だからそれが当たり前と思っていましたが・・・。
どこへ行っても、お金払ってるんだから人が片付けてくれて当然、と思うような社会ってどうなんだろうなあ。たまに、いいホテルに泊まって、ベッドメイキングやお部屋の片付けがされていたりすると感動する。自分のことは自分で、が前提だからこその感動ですよね。私はそれくらいのほうが、人生喜びに満ちて楽しめるような気がします。

さっきまで自分で持っていたものなのに、中身だけとったらあとはゴミ。人が片付けてくれるものに様変わりしてしまう。どうして?この摩訶不思議。

たとえば、女性の生理用品。心理的にはこれとおんなじだなあと思いました。
さっきまで自分の体内にあったものなのに、出た瞬間に「汚物」となり、吸収体といわれるすごいものの力を借り、あとは剥がしてゴミとなって捨てられる。
小学校5年生の時、生理用品の企業の人が来て女子だけ使い方を教わりました。そういうもんだと思い、使い続けました。水泳部の時は二日目だってタンポン使って必死で泳ぎ続るのです・・・。
正直、生理が邪魔者でしかない。あるものを、ないことにして、泳ぐ。そういうものだと思っていました。
それが悪いことだったとは思っていません。とにかく部活、部活の毎日。コンマ一秒でもタイムを上げるために必死で泳いだり、筋トレしたり。1時間電車に揺られて帰ったら、どんぶり山盛りのごはんやおかずを食べても、まだ足りない。夜はコックリしながら小テストの勉強。ああいう過ごし方は、今となっては贅沢とも言えます。遊ぶって何?という、ほんとにマジメな高校生活。そのために、市販の生理用品は必需品でした。

でも、布ナプキンを使い始め、自分で洗って再利用するようになってから、汚物とは感じなくなりました。

経血は色やにおいで自分を知るためのすばらしい贈り物。

学校という場所で、これから初潮を迎える女の子たちに伝えたいのは、ゴミになるナプキンの使用方法ではなく、自分のカラダを愛おしく思えるようになることではないのでしょうか。

汚物と言いますが、大小のお便りとは質がちがいます。新しいいのちになるはずだった卵と、それを育むためのベッドが、その時が来なかったためにはがれ落ちてきたもの。
プラスチック製品に吸収され、それと結合することで別物に見えているので、汚いと感じてしまい、心理的にも物質的にもゴミになるんだなあと、私は実感しています。

疑問、色々。まずは先生たちが布ナプキンを使ってみたらいいじゃない♪って思います。ステキだな〜、そんな先生たち。
最近、知人のお嬢様が通われていることで知ったのですが、某女子大学では、学校をあげて布ナプキンを推奨しているそうです。素晴らしいことですね!!

物事の本質に目を向ける、そんな教育現場であってほしいと思います。


〜〜〜
たいせつなお知らせ

かぼちゃのおうちのオーダーケーキは、7月末日でいったんお休みとさせていただきます。
by rapisblue2 | 2013-06-13 17:49 | まじめなお話

たいせつなお知らせ

諸事情によりブログをお休みしてしまい、「最近どうしてるんですか?」なんてお声をかけられてしまい、恐縮している私です!

Vege&Fork Marketを終え、この一ヶ月は心とカラダを整える時間や、会いたいと言ってくださる方とのお約束、次のVege&Fork Marketや秋からの新しいお仕事へ向けた、気になる場所の訪問、勉強の時間を優先しつつ…
ママカフェMaru。さんでの【塗って重ねて飾りましょうの会】、自宅での【お菓子つくりましょうの会】、オーダーケーキ制作。毎週水曜日と木曜日は、かわらず、野菜料理のCAFE KIRAKIRAにて接客のお仕事をさせていただいています♪

先日は、某幼稚園の子育てカフェ企画、子育てトークの講師として、動物性食品や砂糖を使わない料理やお菓子の試食と、私の経験談や質疑応答をメインとした会を開催させていただくことができました。

それぞれについて、皆様にお伝えしたいことがどーーーーっさり!!あるのですが、
ひとまず今日は、心配してくださっている(かもしれない?)読者の皆様に、とりいそぎのお知らせとさせていただきます。

私は、元気です♪

なお、以下は重要なお知らせです。

詳細についてはまだお知らせできず大変恐縮なのですが、日が迫って来ていることもあり、お知らせです。

かぼちゃのおうちのオーダーケーキ制作は、いったん7月末日をもってお休みとさせていただきます。

再開は早ければ12月となりますが、お約束はいたしかねます。その先も未定となっています。

「来年もかぼちゃさんに♪」と楽しみにしてくださっていた、秋以降のお誕生日の皆様には、大変申し訳ありません。

理由は約3ヶ月間、海外に行くためで、どうしてもケーキ制作の継続は不可能になります。
ですが赴任先では、これまでの、施設、幼稚園、パティスリー、カフェ、そして【かぼちゃのおうち】、すべての経験がきっと自分自身をバックアップしてくれると信じています。

【かぼちゃのおうち】という屋号も、あちらでは、あまり言うことはないかもしれませんが、このブログは継続していきます。
本場のファーマーズマーケット、当たり前に定着しているベジタリアン文化、そして子どもをとりまく環境についてもレポートをします。

(※つまり次回11月のVege&Fork は不在なんです!みんな、よろしくね!!)

今のところはここまでしか言えませんが、新たな一歩を、どうか見守っていただければ幸いです。

6月後半〜7月末日までのオーダーケーキのお問い合わせ、お申し込みはお気軽にご連絡ください。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
来月には、詳細をお伝えします!
by rapisblue2 | 2013-06-13 10:01 | お知らせ