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忘れられない出逢いの日〜日野原重明先生とともに〜【ペニンシュラフリーメソジスト教会】

10月9日は私にとって大切な記念日になりました。
身内から、新しい命誕生の知らせをもらいました。
そして学会でカリフォルニアにいらしていた、日野原重明先生にお目にかかる機会に恵まれました。
年の差102歳。
日野原先生のジーンと響くお話を伺い、そのあたたかく柔らかな手と握手をさせていただいて。この日のことを、同じ日に生まれた赤ちゃんが大きくなったらいつか伝えられたらいいな、そんなふうに思っています。

講演の内容をすべてここでご紹介することはできませんが、印象に残ったことと私の感想をまじえて書きとめておきます。一ヶ月以上たって、ようやくアップ。ボリュームあります!

【新老人の会について】
恥ずかしながら私は初耳だった新老人の会、聞けばなんと楽しく面白い会なんでしょう!会員は全国で1万2000人、さまざまな活動が行われているそうです。身近でわかりやすいものでいえば、クラブ活動。古典を読む、司会を練習する、英語で話す、フラダンスなどなど。
「後期高齢者」というお祖末な呼び方をとても残念に思われているという先生が提案された呼び名は、
60歳以上が「ジュニア」、75歳以上は「シニア」、20歳以上は「サポーター」です。
これだけでもワクワクしませんか? そもそも、半世紀前に国連で定められた「65歳以上を老人」とする捉え方はすでに実態に即しておらず、 老人は75歳以上として、自立して生きる新しい老人の姿を「新老人」と名づけられたのだそうです。
会のモットーはこちら。※新老人の会HPよりお借りしました
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講演中の、先生ご本人のお言葉では、2の「創めること」は「やったことのないことをはじめること」でした。もう、たまらないですね! 私の永遠の目標は101歳の大往生だった義祖父なのですが、彼もやはり、常に自身を磨き続ける人でした。腕立て伏せを日課にしていたり、英字新聞を辞書をひきひき訳したり、100歳すぎてからまた別の語学の勉強を始めたり・・・そして、誰に聞いても「人の悪口を言っているところは見たことがない」という人でした。お会いする機会はとても少なかったのですが、不思議なご縁で同じ2月20日という誕生日だったこともあり、私の中でとても大きな存在として生き続けています。
新老人の会のホームページに書かれていることは、私たちの世代にとっても非常に興味深い内容でした。おすすめです。


【忍耐の大切さ】
生きる上でいちばん大切なことは、試練を耐えて待つこと。待てばきっと救われるんだということを信じるということ。冬山で遭難したら、慌てて下山するのではなく、穴を掘ってひたすら待つことで命を長引かせることができる。


【日本における動物愛護は文化国家として非常に遅れている】
日野原先生は、最近ペットに関心を持つようになったとのこと。動物愛護の精神が進んでいる英国のことを知り、日本の現状にとても胸を痛めているというエピソードをシェアしてくださいました。


【足腰弱らず元気で長生きするには】
会場からの質問にズバリ即答されたのは、「一日5千歩歩く、筋肉を使うこと」
「健康診断をしっかり受けて自分のカラダを知ること」。
次に、「たんぱく質をきちんととる。糖質にかたよらないように」、
さらには「ブロッコリー、これは葉酸をとるということ、それからオリーブオイルを毎日」
と、具体的なことを教えてくださいました。長寿の秘訣を少しでも知りたい!という想いで聞くと、すぐさまマーケットに走りブロッコリーを大人買いしてしまいそうになるのが人の心ですが、日野原先生が伝えたいことはきっとそういうことではないのでしょうね。と、言いながら、あれから私はブロッコリー、やはり意識してしまいます(笑)。もともと好きなんですけどね。茎の筋のところもスープの出汁にしたり、和洋中なんでも使える野菜。シンプルに言えばアブラナ科の野菜にそういった効能が高いとされているようです。アメリカ国立がん研究所のデザイナーフーズのピラミッドでも、ブロッコリーは上位にしめされています。上位であるほど、がんの予防力があるとのことです。

 ※図はニッスイHP「マクガバン・レポート」から「デザイナーフーズへ」よりお借りしました。
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ただ、ここからは私の考えですが・・・やはり大切にしたいのは「できるだけ自然に近い形で育った旬の野菜」を、「できるだけシンプルな調理法で」食べるということだと思っています。以前参加させていただいたやさい塾の内田悟さん
「知ってる?夏のブロッコリーなんて、本当に美味しくないんだよ。みんな、いいかい。旬のものを食べるんだよ。カラダにいいって聞いて、そればっかり一年中食べる、そんな馬鹿なことがあるかい!」
と力強くおっしゃっていました。自然の力で育った野菜の力を引き出してあげる調理をすれば、野菜はかならず私たちに、その味わいで返してくれる・・・そんなあたたかい言葉も、とても印象に残っています。


【こんなに長生きするつもりはなかった】
99歳、白寿で周りからお祝いされたときに、「ひょっとしたら!!」と欲がわいてきたのだそうです(笑)。「ひょっとしたら100歳を越えられるかもしれない」と。そこから、元気に長生きするということを、さらに意識、実践されてこられたのでしょうね。

【子どもたちに伝えたいこと、それは「命とは 心の中に持つ 時間だよ」】
子ども時代、体育も国語も歴史も・・・なんのために勉強するのか。それは「自分が成長するため」。
学会への出席、ホスピスでの回診、取材に講演、たいへんなご多忙の中、小学校4年生に向けて、10日に一回のペースで今も「命の授業」を各地で行っているという日野原先生。その学校の校歌の指揮をさせてもらったり、一体感が出てとても素晴らしいですよ、とおっしゃっていました。

・・・命ってなんだろう。心臓が動いていること?
いや。心臓そのものは命ではなくポンプ。栄養のある血液と、酸素の入った血液とを手足や脳に送る道具にすぎない。空気、光、酸素。過去、未来といった時間も、私たちは見ることはできない。でも、今の時間を使うことはできる。命とは、時間を使うことなんだよ。

「子どもの今は、あなたの持っている使える時間は全てあなたのために使ってください。大きくなったら、人のために使ってください。」

という言葉を、小学生はどんな気持ちで受け取るのでしょうね。私たち大人にとっても、胸に響きます。
子どもって、本来そういう存在なんですよね。あれこれやらせなくちゃ、もっとしっかり教え込まなくちゃ、ああ思い通りに動かないイライラする!なんていうのは、大人が勝手に自分の問題にしてしまっているだけなんです。彼らを信頼し包み込むようなスタンスでいられたら、どんなにか心が安らぐでしょう。もちろん私も四六時中そんな女神様のようにはいられないものですが(苦笑)、自分の感情や行動をふと立ち止まって振り返り客観視できるマインドは、子どもと接する上で、というか全ての平和な人間関係においてカギになることだと私は実感しています。むしろ、それがすべてとも言えるかもしれません。


【東京オリンピックをこの目で見たい。「109歳は ゴールではなく 関所だよ」】
少し前に東京オリンピック開催が決まったNewsが流れたばかりでしたが、これを受けてまた新たな目標ができたのだそうです。7年後は109歳になられます。ぜひ関所に寄っていただきたいですよね。
日野原先生のお姿を拝見し、またお話を伺って感じたのは、あるがままに年老いて行くことを受け入れていらっしゃるということです。先生は確かに若々しいですし健康にはもちろん気をつかっていらっしゃる。でもよく言われる「アンチエイジング」とは違うような気がしました。老いて行くことに抵抗し闘うのではなくて、ご自身のカラダの声を丁寧に聴きながら、老いとともに伴走しているようなイメージなんです。
かの有名な日野原重明先生!さすが!お若い!・・・というミーハーな気持ちも正直ゼロではありませんでしたが、素直に「ああこんな生き方ステキだなあ」と思わせてくださる方でした。大切に包んで胸の奥にしまっておきたいような、ささやかだけれど力強い輝きを放つ宝石のような。
これが、私が日野原先生からいただいたプレゼントです。

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〜会場となったのは教会でした〜

週末にサンフランシスコ市内の大きな教会で行われた講演は大々的に宣伝し、チケット制で満員御礼だったそうですが、私が平日に参加させていただいたレッドウッドシティのペニンスラフリーメソジスト教会での会は、主にこの教会に通われている方々やそのお友達が中心の、ささやかな宣伝だったそうです。10年前にもこの教会を訪れた日野原先生のご意向により、なんと無料(ただし、教会からの声かけにより献金が行われました)、そして講演のあと質疑応答の時間も設けてくださるという、本当にありがたく貴重な機会でした。

参加者の多くは50代以降の方々で、自分の同世代は少なかったと思います。週の半ばの夜19時からだったせいもあるでしょう。よけいなお世話ですが高校生、大学生、新社会人なんかがもっと来られたらなあと、ちょっぴりもったいないような気もしました。でもその日その時間に集まれた人たちにしか作れないエネルギーみたいなものがあるとも思うんです。そのエネルギーをもって、こうして後日でもブログで発信、シェアできることに誇りを持っています。必要な方に届きますように。

今回は私も夫も、お世話になっている方に誘われてすんなり参加。日野原先生にお会いするために、努力したことは一つもありません。そのかわり、自然の流れで導かれるという恵みに、心の底から感謝しました。私はクリスチャンではありませんが、大いなる力というか、現実的に言えば「原因と結果の法則」だったりもするわけですが、そういうことは常日頃から信じています。また、どんな結果もすべては人生の経過であり、良い悪いではなくて「ただ、そうである。」そして、「これからの自分に必要な出来事なんだ。」ととらえています。(これはここ1年くらい、メンターとともにトレーニングしてきた思考法でもあります。)


〜クリスチャンという生き方〜

日野原先生のご実家は山口の萩で、浄土真宗。それに反して自ら教会に行くようになり洗礼を受けたことでご両親から勘当され、14歳の時に神戸のミッションスクールに入ったそうです。この講演でも聖書にまつわるお話が一部ありましたが、日野原先生の根底に流れているものであって、他の話題と区別するようなそぶりは当然ありません。キリスト教だけが崇高であるということもないし、大切な絵本を紹介するように自然に。不思議なことですが、「宗教」すらも感じさせないくらいで、私はとても安らぎを感じました。本物ってこういうことなのかもしれませんね。

日野原先生によると、日本人のクリスチャン人口は全体の1%程度だそうです。(調べると、毎週教会に通うことが定着している敬虔なクリスチャンの数字であり、自称クリスチャンはもっと増えているようですが。)
自然食とかベジタリアンの人口もせいぜいこのくらいだと聞いたことがあります。

「良い」と思っていることだからこそ人は「広げたい」と願う。それが周囲にとっては押しつけに感じられ、嫌悪感を持たれてしまうというのは本当によくあることですよね。
そういう意味でも、日野原先生のお姿に学ぶべきことは本当に多かったと、今この瞬間改めて感じ入っているところです。

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実はこの日はとても疲れてぐったりしていて、出発前の1時間だけ仮眠をしました。本当は起きたくないくらいキツかったのですが、夫が夕ご飯を作ってくれていたんです。お豆と野菜の玄米リゾット。トマト、ズッキーニ、たまねぎ、じゃがいもなど角切り野菜いっぱいで、少しにんにくもきいていて美味しかったです。ほんと人柄のまんま、優しい料理を作る人。ありがとう。

こういう日常を、ひとつひとつ愛おしく思う気持ち。大切にしたいですね。

長文お読みいただき、ありがとうございました。
by rapisblue2 | 2013-11-16 06:21

あーやっぱりアメリカだなあ【フリーペーパー編】

昨日のアパートの話題に引き続き、日本食スーパーマーケットなどに設置されている週刊フリーペーパーを見て感じたことをまとめてみました。もちろんすべて日本語なので、うっかり海外にいるのを忘れそうになりますが、よく読んでいくと、あーやはりアメリカだなあ、と思うこの気持ちをおすそ分けさせてください(笑)。ご存知の方には当たり前の感覚かもしれませんが、私には新鮮でした。

1、広告に「カイロプラクティック」がすごく多い。
アメリカでは医療として認められているカイロ。日本よりも堂々としている感じがします。なぜなら、一般の大学卒業後、カイロの専門大学にて4〜5年学び、国家試験、州の試験を受けてやっとカイロドクター(カイロプラクター)になれるという存在だから。日本人ドクターも大活躍中なのが感じられます。

2、基本、広告に代表者の顔写真がついている。
これは書店で料理本コーナーを見ていても感じたこと。日本のレシピ本は、巻末にちょろっと著者の顔写真と紹介が載っていることが多いイメージですが、こちらのは表紙にドーン!と本人の写真。クリニック、不動産屋さん、そして保険屋さんにしても、「何なのか」よりも「どんな人なのか」を全面に出す。そしてそれを選択にあたって重要視する風潮を感じます。

3、求人ページに「卵子提供者(エッグドナー)急募、学校・仕事との両立可能」。
日本でも体外受精の話は聞くようになっていますが、こちらでは「よくあること」という認識のようです。21歳から29歳の女性を募集中、謝礼金は7000ドルから。初めて見た時はなかなか刺激的でした。卵子提供は臓器提供ではありません、あなたの卵巣はそのまま残ります、詳しくはウェブで→と、携帯で読み取るバーコードまで印刷されていました。

4、求人ページの各募集条件に、「永住権をお持ちの方」「米国で合法的に就労できる方」などの記載がある。
なかなか日本では見ない言葉。でも、これから増えていくのかな。

5、「ベビーシッター」「家事手伝い」を、探しています、やります、という掲載が毎号必ず出ている。
ベイエリアは家賃が高騰中、税金も高い。専業主婦はお金持ちだけ、そんな風潮があります。聞いた話によると出産で約700万円くらいかかるそうで・・・ど、どうしろと・・・。産んでもすぐにデイケアやベビーシッターに預けて働かざるをえない母親が多いそうです。もちろん、働きたい!という方も、働いて当たり前!という方も多いのだと思います。デイケア、プリスクールなどのウェイティングリストに名前をのせてもらうためには、2年前くらいから動く方も珍しくないとのこと。かなりシビアな感じがするのは日本も似たようなものですが、アメリカでは貧富の差が激しい、という人々の自意識が日本人よりもあるように感じますね。実際そうなのだと思います。たまたまかもしれませんが、私がこちらで関わった方々から、「お金持ちの人は」という言葉を何度も耳にしました。住むエリア、子どもを通わせる学校、買い物をするスーパーマーケット、食べるものなどの階級分けのような意識、またズバリそういう話題が日常会話に出てくることは、日本でつきあってきた友人関係の中ではなかなかないことだったので、最初はちょっと違和感をおぼえたのですが・・・確かにここで「生活」をしてみると色々と理解が深まってきます。
この話はすごく膨らんでしまうので、またの機会に。
by rapisblue2 | 2013-11-15 10:05

アパート敷地内で子どもが遊ぶな、は差別?〜本当は子どもが学ぶチャンスを奪っていませんか〜

先日、日本人向けフリーペーパーの不動産Newsページで見つけた記事です。

米司法省がフリーモントのアパートで子どもが外で遊ぶのを禁じていたオーナーと管理人に対し、子どものいるファミリーへの差別にあたるとする訴訟を起こしたことが明らかになった。
訴えられたのはオーナー、マネージャー、ルール遵守を行っていた元管理人の3人で、訴えによるとウッドランド・ガーデン・アパートメントでは、共有部分にある芝生のエリアで子どもたちが遊ぶことが禁じられていた。ここに住む子どもがいる5家庭が住宅都市開発省に苦情を出したことから訴訟が申請されることになったという。訴訟では罰金、今後の差別的ルール設置の禁止、これにより被害を受けた住民への賠償が求められる。(週刊ベイスポ 2013年11月8日号17面より抜粋)



・・・これは考えさせられました。実は私が日本で住んでいる分譲マンションでも、いつからか、共有部分では遊ばないこと、遊ぶ場所ではありません、などと張り紙がされるようになりました。さらには、子どもの仕業と思われる、ラウンジ内の備品の損傷や汚れなどが相次いだ結果、なんと住民を監視する監視カメラの設置が実行されたのです。
実際この録画内容は誰かがいつも監視しているわけではなく、何かが起こった時にチェックできるように、とか、いたずらの抑止力があるはずだという理由での設置だったと思うのですが、正直すごく残念だなと今でも思っています。

理由はまず、子どものすることを「悪」ととらえているから。そして「悪への対処法」という考え方をしているのはとても上から目線で一方的だと思うからです。大人ってそんなにエライのでしょうか。子どもって禁止、抑制しないとダメな存在なんでしょうか? 
時と場合によると思いますが、この件に関してはもっと穏やかであたたかい解決法があったのではないかと思います。

また、「遊ぶ場所ではありません」というのは、高電圧だとか、とにかく危険な場所ならともかく、マンションの敷地内ではなんだかとても寂しい言葉です。
色々な事情を抱えた人たちが住んでいる集合住宅。子ども好きな人ばかりでないのはわかっています。子どもの声や足音だけで気分が滅入るような人も、いるのかもしれません。
でも、それならまず「歩み寄り」の姿勢をとるのがコミュニケーションですよね。遊びたい子どもたち、遊ばせたい親たち、静かな住環境を求めている人たち、子どもは賑やかで当たり前と思っている人たち。本当は自分の子がはしゃぎすぎているの、わかっているけれども、監督しきれていないんです・・・と反省している親だっているかもしれません。

とても大変なことだけれども、子どもを含めて様々な人たちの立場に立つという基本的な姿勢、あったら良かったね、って思います。
子どもにとって、社会生活でのマナーを考えるという、こんな教育的なチャンスはないのだから。そのチャンスを、「禁止」という方法で奪う結果になったというのは、何度も言いますが本当に残念です。って、私は仕事のためこの時の住民会議に欠席した身なので、今さら仕方ないのですが・・・。自戒の意味もこめて、ここに書き残しておきます。

【私が思う、この問題で子どもが学べたかもしれないこと】
1、人の気持ちを考えること
2、色んな考え方の大人がいると知ること
3、(禁止でなく条件付きになった場合)遊びかたを工夫すること
4、公平な話し合いによって物事が動くという体験
5、子どもである自分も住民のひとりとして認められていると同時に、その責任を感じること


他にもあると思います。

信頼ベースのコミュニティづくりは、やり方ひとつでどのようにもなっていくでしょう。私たち大人の行動は、そのまんま子どもたちが見て、学習していきます。
文句ばかり言っていても仕方ないので、私自身、生き方で示していける人でありつづけます!
by rapisblue2 | 2013-11-14 07:25