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12月のうれしかったことダイジェストと年末のご挨拶

うれしかったこと。

ちいさなことも、写真に残せないようなことも、ほんとうにたくさん、日々の中にちりばめられていたなあと思います。

ここでとりあげるのは、携帯の写真アルバムを見返していて、今でもほわっと幸せがよみがえってくるものたちです。


これ。なんだったかなあ(笑)。
とろとろのおかゆみたいなものなんですが、残り物のお掃除料理で、どんなものでできたのだか、忘れてしまいました。おぼろげに、小豆玄米ごはんを使ったことくらいは・・・。上にのっけたのは、確か、出汁をとった後のしいたけを、醤油で濃いめに煮絡めたものと、ねぎと炒った胡桃だったと思います。
すごくすごーく美味しくて、ひとくめから、ほわっとうれしい気持ちになったことだけはよく憶えています。カリカリに焼いたおあげも。
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ご近所の方からいただいたレモン。
庭のレモンの木でなったやつで、無農薬だから、大丈夫だから、と、ご主人からそっけなく渡されたのですが・・・これ、なんと。
私が初夏の頃に、松下さんの自然農法の畑でどっさりどっさり収穫した桃をおすそ分けした時の「お返し」だったのです。別の方に、「藤樫さんはもう帰国されているのかな」「桃のお返しをしたいのだけど」と尋ねていらっしゃったそうなのです。感激しました。たったひとつのレモン。こんなに大切に思えるレモン、初めてでした。
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抜群に美味だったスチーム野菜は、たいせつな身内の結婚式での一皿。帰国後の体調不安定な中でフランス料理のフルコースをいただく自信がなく、一週間前にダメもとで、ホテルと新婦に相談。快く別メニューを用意していただけることになりました。お肉とお魚抜きでというと、気を利かせて海老や貝、オイルなどをふんだんに使ってくださることがあるのですが、それもなしでとお伝えしたところ、前菜からメインまですべて出汁から植物性素材のみ、限りなくライトでやさしく、丁寧なお料理に感激でした。もっと華やかなお料理もあったのですが、あえてこちらを。シンプルイズベスト!感謝です。
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その翌朝、38階の部屋から眺めた新宿の朝日。
私は、両親の最初の子どもに生まれて、3年後にはお姉さんになって、また3年後には、三姉妹の長女という人になりました。歴史というには短い年月なのだけれど、自分の32年間の史上で、長女ではあっても、ひとりっこ、つまり姉でなかったのは、最初の3年間だけでした。姉になる前までの記憶は、全くありません。
私の人生は、自分を姉にしてくれた2人とともに目覚めを繰り返してきたのだという、至極素晴らしいことに、これまで気づかなかった、いえ、感じつつも認めてこなかったのかもしれません。どうあがいたって一生変わることのないこの関係の尊さに、眠るコンマ一秒前まで、感じ浸りつづけたことは、忘れないと思います。ファミリーが増えていく幸せ。血縁を思い出させてくれる人がこれから増えていくのだなあ。感謝と、祈りを。
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帰国後初めて松下さんの畑におじゃましたのは、うろこ雲の美しい朝でした。朝焼けも撮影したのだけれど、この写真がいちばんのお気に入り。これ、畑に自生していた百合の花がそのまんま朽ちてカラッカラになっている姿なんです。空に向かってまっすぐで、なんだかかっこよかった。中にはもちろん種がいっぱい。もう飛び散って空のもありました。百合の花って、買って来たらまず花粉をふきとってしまう。お花が枯れたら、さようなら。・・・そういうお付き合いしかしてこなかったので、こんな姿、生まれて初めて見ました。そうだよなあ。かぐわしい香り、お花屋さんで買ったら高価な百合だって、畑にいたらこういうふうに生涯を全うすることができるんだよなあ。私はこの百合の花に、言いようのない郷愁と畏敬の念を抱きました。そして思うのです。ああやっぱり私は何も知らないと。
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これも同じ朝。慣行栽培だと白菜はとっくに出荷されていますが、こちらの畑では厳しい冷え込みのなかでゆっくりじっくりと育っていました。こんなに、こんなに、美しい。
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今年の我が家のクリスマスツリー。社会人1年目の冬、寮生活する私に実家の母が送ってきてくれたLEDライトで虹色に輝くツリーなんです。同期たちで集まり部屋のあかりを消してスイッチオン。みんなから「うわあー」「きれいだね〜」「かあちゃん素敵なことするなあ」なんて言われたのも懐かしい思い出。飾りは昨年まで、クリスマスが多忙だったこともありごくごくシンプルなものだけだったのですが、今年は米国で行事のためのデコレーションにかける想いに触発され、いかにお金をかけず自分らしく飾るかをテーマにしました。思いついたのは、頂きものについていたもので、保管してあったたくさんのリボンを使うこと。お店のロゴが入っているものもありますがご愛嬌。綿ものっけて、イメージ以上に華やかなツリーになりました。満足、満足。
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地元つながりの素敵な方と夫と3人で、お気に入りのお店にてお昼ご飯。Vege&ForkのPRなどでここ2年くらい大変お世話になっているのですが、実は誕生日が同じであることが判明。そんな背景も手伝ってか、彼の選ぶ言葉がとても好きだなあ、心地よいなあと思います。のんびりとごはんを食べながら、美味しいコーヒー(私はジンジャーラテ!ものすごいジンジャー!大好き!)を飲みながら、おまけに試作品のできたて和菓子までいただきながらのおしゃべり3時間でした。私がいただいたのは、白身魚のバターソテー定食。こういうの、ほんとうに久しぶりで。スープはもちあわと人参、だったかな?とろとろで、ぽっかぽかに温まりました。ごはんは玄米も雑穀米もあったのですが、白米が炊きたてと聞いて折れました(笑)。
お野菜は松下さんの畑から。ああ、このちっちゃいトマト、この前畑で見た見た!魚の隣はむっちりほっくりじゃがいものソテー。ああ、そう言えばじゃがいも掘ったって言っていたなあ。そんなのも嬉しいんだ。
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年末。初の試み、「どうぞのおうち」をしました。
我が家で、思いいれはあるけど使わなくなった食器や料理本、雑貨などを並べ、自由にみていただいて、気になるものがあったらお譲りするというコンセプト。わたしもその場をまったり楽しみたいので、頑張っておもてなしというよりは、どうぞの気持ちを集めて、みんなでシェアしてゆるゆる楽しもうね、という感じ。
わたしは小豆を炊くかもー、わかりません、とだけお伝えしてました(笑)。参加者の方も、どうぞしたいものがあればお持ちください、と。第一回目なので、ひとまず近しいお友達。そして個人的な感覚で、「この人とあの人、つながったらきっと素敵!」と思う人をご招待。
集まったどうぞは、手作りの、お芋と胡麻のもっちりきんつば、黒ゴマいっぱいの香ばしいおせんべい、しっとり甘い干し芋、山で拾ってきた胡桃入りのつきたてお餅、ポストカードのコレクションなどなど!
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年末とあって、帰省のため来られないという方も多く、二、三人かなあと思っていたのですが、当日になって参加表明してくれた人たちがいて、わたしたち夫婦の他に大人5人子ども3人、という、わいわい楽しい会になりました。
料理本も食器も、うちで停滞してたのが必要な方たちのところへお嫁にいき、本当にうれしかったです。
こんなに喜んでもらえるなんて、幸せ。年内に会いたかった人たちに一気に会えて、しかもそれぞれつながって楽しげに帰っていくのを見送って、あーやってよかったなあーって思いました。
頂いたお餅を網でこんがりぷくっと焼いて、わたしの炊いた小豆と一緒にお出しするときの幸せな気持ちったらもうー、たまらなかったです! また近いうちにやります。呼びたい人も、やってみたいことも、まだまだいっぱい思いつくのですもの。たくさんじゃなくてもいいんです。ひとりでは面白くなかったり、できなかったりすることも、二人いれば輝き始める。だから、たとえ参加者が一人でもどんどんやりたいです。
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お餅を網で焼くことの幸福を知ってしまった私。お正月ではありませんが、買い込んだお餅をすでに食べています。我が家にはトースターがなく、パンやお餅はコンロの下の魚焼き用グリルで焼くのですが、入れたらひとまず他のことをしてしまったりして、静かすぎてうっかり忘れてしまうことがあります。網焼きは時間はかかりますが、こまめにひっくり返さなければいけないのでその場を離れられません。が、これが私の感性をすばらしく刺激してくれます。はじめはゆっくりのんびりでいいけれど、途中からたちのぼる香ばしさが増してくると、それなりのスピード感で気を回さなければなりません。まるで命が吹き込まれたようにじわじわとふくらみ、一気にパカッと音とたてて割れるその瞬間の喜び!!!!にやにやどころじゃないんです。もう、とんでもなく胸おどる幸福。
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特に今日のお昼に焼いた玄米丸餅は、愛おしくなるくらいの幸せな時間を提供してくれました。トースターやコンロなんてなく、直火や炭火で網で焼くのが当たり前だった頃の人々は、こうしてお餅を焼くということだけで、こんなにも幸せな気持ちを味わっていたのか・・・と気づいた時は、唖然としました。便利なもので得られる幸せと、失う幸せ。どちらも知ることができて、選べる時代。私はこれから時間が許すかぎり、お餅は網で焼こうと思います。
写真の手前は、五分搗き米とうるちきびのごはんに、ニラとにんじんと摺りエゴマの簡単チャーハンに柚子。お餅はふたつ、私の分。みっつ、夫の分。私はひとつをお醤油と海苔で。ひとつは先日炊いた小豆ときなこをかけていただきました。もう、なんでしょうね。幸せすぎました。


最近夫とよく交わすのが、

「おいしいね」
「しみわたるね」
「ああ〜、じゅうぶんだね」
「やっぱりこれがいいね」

・・・そんな言葉たちです。

食べることが大好きな私ですが、米国での暮らしを経て大好きの種類がちょっと、いえ、だいぶ変化しました。以前はもっともっと欲深かった。前のめりだった。そして、甘いものへの執着が強かった。そう思います。前回の記事で予告した「ケーキづくりをやめるきっかけとなった出来事」 については残念ながら年内間に合わなかったので新年にじっくり書きますが、そこに通じるものがこの1ヶ月、お菓子にかぎらず食生活全般で現れているような気がしますし、これからも続いていくでしょう。

今日の昼食後、まったりと余韻に浸りながら出て来たのは、

「わたし、ムダなことをしたくないと思うようになったの」でした。

人生ムダなことなんてないよ!!って怒りの声がとんできそうですね。ムダなこと等と言ってしまうと誤解を招くかもしれませんが、誰かのこととか、人と比べてどうとかの話ではないのです。あくまでも自分比で、できるだけ単純にシンプルに、循環できる環境を求めたいということ。
簡潔に言えば、「身の丈にあった暮らしがしたい」、ただそれだけなんだと思います。

ナッツやら果物などを目にすると「あれとこれであんなケーキができるなあ」「この組み合わせでクッキーにしたら美味しそうだな」などと考えるクセは健在です。これまでは作ろうと思い立てばすぐにとりかかってしまうほど日常の中にお菓子を焼くことが居座っていましたが、オーブンをキッチンから追いやってしまって出すのが面倒だったりで、帰国後本当にお菓子を作っていません。でも、そのことで見つかったものがあります。

寝る時間を忘れるほど好きなことだからこそ、お菓子の材料やオーブンに向かうことで、薄れていく別の大切なものがあったということに気づきました。

それから。

ひらめきで美味しいものが焼けたとしても、ヘルシーとはいえ甘いものは甘いものなので、夫と私で食べきれる量ではなく。また、購入してくださる方がいる中で、そんなにしょっしゅうご近所におすそ分けするわけにもいかないし・・・で、捨ててしまうことも少なくなかった。そう、「作る」「食べる」ですぐ終わるなら楽しいんですよね。家族がいっぱいならすぐになくなるのかもしれない。それはそれで幸せなこと。でも子どものいない我が家の場合、できたものを「食べる」ためのことを考えなければならない。「消費するためのエネルギー」がそこに必要となり、頭を悩ませる種でもありました。

「作らない」選択をすることでこの悩みから完全に解放されてしまい、こんなにラクなのか、逆にこんなに「料理」にエネルギーを注げるものかとしみじみしています。

米国では滞在3ヶ月と決まっていたので、かなりストイックに食材を厳選して購入し、使う順番や組み合わせをクールに考え続けながら料理をするという暮らし方をしていました。ムダができるだけないように、その時必要なものだけ。米国お得意の「2BUY GET1」みたいなのも完全無視。安いからまとめて買う、お得な大袋を買うということもしなかったですね。使い切れないのがわかっていたので。一見非効率なようですが、この感覚でいると「迷う」ということがなくなり、あらゆる場面であっさりとした気持ちいることができ、ものすごく気持ちがいいということを知りました。帰国してから、ポイントカードもかなり減らしました。あと120円買えばポイントがつく、というような状況に惑わされたくないからです。

・・・ちょっと話が広がってしまいましたが、そんなわけで今はお菓子よりもただただ、日々の食事を心をこめて料理して、夫と並んで「今日のごはんも、おいしいねえ」といただくということをとにかく大切にしたいと、心から思っています。

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今年もあと少し。
海外生活を経験し、海外だからというだけでも、もちろんそうでなくても、価値観を大きく揺さぶられる出来事がたくさんありました。ブログのテイストも変えましたし、エネルギーをとことん注いできたオーダーケーキのお仕事を終了するという、大きな決断もしました。かぼちゃのおうちは大変化です。

新年もしばらくは「受け入れる」をテーマに、夫婦で同じことをしたり同じものを食べたりする時間をしっかりと持つこと、政治がどうの教育がどうの言う前にまず自分の住まいを美しく保つこと。(←人生の先輩がFacebookでつぶやいていて、ああ〜本当にそうだなあ、御意!!と思ったのです。)
そして「どうぞのおうち」のように、すてきな方々がつながって、ただほっこりうれしい時間を過ごせたり、いいねと思うことをシェアし合えたり、それぞれの才能を活かし合えたり、そんな場をつくりたい。

これまでのようにどんどん外に出て行くような動き方は控えつつ、「積極的な引きこもり」をしてみたいと思っています。

どんな方が、このいつも長い(!)ブログを読んでくださっているのか、実はよくわかっていません。でも、書きたいことがある限り続けていきたいと思っています。
米国滞在中にこのブログを見つけてくださってコメントをくださった、近隣にお住まいの日本人の方がいらっしゃり、帰国前にお約束をしてサンノゼという街でお会いすることができました。11月後半、私が滞在していた街にはなかった美しい落葉樹に見とれました。
美味しいベジタリアンレストランでランチ、その後お宅を訪問したところ本棚の中身が夫や私の興味とかぶっていること、かぶっていること!!本当にびっくりしましたし、どこまででも話が広がり楽しくて嬉しくて、別れがたかったです。また必ずお会いしたいご家族です。こんな出逢いも、ブログを書いていなかったらありえなかったんだと思うと、細々でも書くことを続けていてよかったと思います。

今年も1年『かぼちゃのおうち』におつきあいいただき、本当にありがとうございました。

どんな1年であれ一人ひとり、すべて唯一無二のすばらしい1年。
がんばった自分、がんばらなかった自分、どちらも良い悪いではなく、それが自分なんだとただ認めてあげたいですね。

どうぞ、よいお年をお迎えくださいね。


親愛なる読者の皆様へ

2013年大晦日 
かぼちゃのおうち 藤樫怜子
by rapisblue2 | 2013-12-31 19:43

楽しいことばかりではなかった!米国3ヶ月の影の部分

アメリカにいるとき、こういう気持ちにならなかったなあ。
「やりたいことがいっぱいでどうしよう」っていう気持ち。

母国である日本に住んでいるというだけで、
そこには会おうと思えば会える人たちがたくさんいて、
行こうと思えば一人でも行ける様々なイベントやら集まりやらがあって、
やろうと思えば買いに行って、準備して、実現できてしまうことが山ほどあるんだ。
積極的にそういうのをキャッチして行動していくと、人生がどんどん進んでいくのを知っている。

だけど、そこに照準を合わせると今は頭がとてもいそがしくなり、思考が停止してしまう。なんか、まずい。と気づきました。

帰国後20日以上たちましたが、体調はいまだ不安定です。実は10月末〜11月半ばにかけて、肺炎を患いました。40℃の高熱とのたうちまわる痛みは一日限りでしたが、胸まわりの違和感があまりに長引くので数日前、病院で診ていただいたところ、後遺症だとわかりました。まだ無理ができません。

実際、いそがしくしているわけではなく、ゆっくり過ごしています。
なんだか気持ちがざわざわしたり、愕然として動けなくなったり、子どもたちが恋しくなったり、という瞬間が一日に何度か訪れます。

旅行ではなく海外で「生活をして」帰国した場合、3ヶ月なら3ヶ月、あるいはその倍くらいの時間をかけて、心や身体が戻って行く、と聞きました。そうなのかもしれないし、違うかもしれない。でも内観の時を持つことはとても大切なんだということは、直感で感じますね。

しばらくブログが停滞していたのは、想いが複雑すぎて書く意欲がわかなかったためです。ところが、今朝目覚めとともに突然言葉があふれてきました。書きたくなったので、書きます。5部構成です。



〜今だから書ける、米国でのストレス〜

米国では言葉の壁、一人で行動することに常に危険や不安が伴っていたこと、車が運転できないこと(自信がなかったので、夫に委ね、あえて国際免許とらずに行った)で、行動にはかなり制限がありました。
夫は海外生活の経験があり、人の家にお世話になるということにも慣れている。英語は発音やフレーズの使い方(選び方)が上手いらしく、現地の人に「君の英語はとてもいいね」「ナチュラルだ」と褒められるほど。対して、私はこれまで海外にはほとんど縁がなく、中学英語もあやしいくらい。
夫はそんな私を気遣って、できるだけストレスがないように、行きたいところにはほとんどちゃんと連れて行ってくれたし、特に食については、とことん寄り添ってくれました。(そして彼自身、食と身体のつながりをこれまで以上に実感し、3ヶ月で価値観に変化が訪れたようです。)


ホームステイだったので、一日中料理をしてキッチンに立つという過ごし方はできず、ゆっくりお風呂ということもなく、何でもできるだけササッと済むようにして。家にいる時は夫婦そろってベッドと机だけの五畳くらいのお部屋の中で、保育の準備をしたり読書したりネットで調べものしていることが多かったです。
もちろんホストファミリーは、遠慮しないでねと言ってくれました!どうしても遠慮してしまう、わたしの性格。できなかったというか、しなかっただけですね。学生同士のシェアハウスならともかく、主婦のキッチンて自分にとっては聖域みたいな気持ちがあるから、やっぱり、たとえ家主が不在であっても、占領する気にはとてもなれなかったです(苦笑)。そのへん、もうちょっと気楽でもよかったんじゃないって思わなくもないのですが、仕方ないですね。

職場では、三ヶ月でいなくなるという立場上、また特殊な環境上、ふるまいについて規制、制限が与えられました。
子どもたちは本当にかわいく保護者も素敵な方々ばかりで、アメリカで日本人のアイデンティティを育てる教育の現場に携わるという素晴らしい経験が、大きな学びと喜びであることは間違いなかったのです。けれど、予想以上の厳しい規制の前に、無力感を感じたこともありました。
そんな中でいかに自分を活かすかを常に考えたし、少なくとも私の愛情はちゃんと子どもたちに伝わっている、と実感できたことは、ささやかな喜びでした。

求められるスタンスと、本来の自分の保育観(保護者支援のありかた含め)とのズレについては、日々葛藤…いや、思い悩んでいたわけじゃないんです。悩んでも、変わらないし変えられないし、仕方ないことなんだもの。でも、おかげですごく考えました。
夫とは、
「どう思う?」「ああだよねこうだよね」って、ずーっと保育のこと、いえ、子どもに限定せず、人間の心や言葉や身体の成長発達について、自分たち自身がどんなふうに人格形成してきたかについて、もし自分たちが親になったらどうするか、など、ホントに話が尽きませんでした。話すことは常に溢れ出てきました。同じ状況、近い価値観の話し相手がいるというのは、すごくすごくありがたかったです。この繰り返しの中で、私たちの信頼関係は明らかに深まって行きました。



〜見つめなおした夫婦関係〜

学生時代からのつきあい。同じ部活。卒業後4年の遠距離を経て、結婚6年目。最高のパートナーなのは前からわかってたけれど(笑)、ここまで同志として共に過ごし、切磋琢磨しあえたのは実は初めてだったような気がします。学生時代からの延長が抜けきらないのが良いのか悪いのか、仲良しは仲良しでした。でもお互い自分自身を高めることばかりに興味がありすぎて、しかもその興味の対象が、似ているようでなかなか重ならず、せっかくの休みもばらばらの講座やワークショップに出かけ、そこで出会った人たちと食事をし・・・と、なかなか一緒にゆっくりと過ごす休日ってありませんでした。1年前に体操チームも退いたので、唯一、Vege&Forkだけが共通のコミュニティ。

もちろん、お互いの学びのシェアはしていたけれど、どこか人ごとだったり、共感しきれなかったり。それでいて、私は私で突っ走って、『かぼちゃのおうち』のこれまでの活動は、夫の協力なくしてはできませんでした。随分振り回して、ワガママにやらせてもらったなあと思います。

大変な問題だった、とまでは言わないけれど、今回の米国滞在は、この夫婦の関係性を一気に崩すチャンスだと個人的には考えていました。私は、『かぼちゃのおうち』なんて誰も知らないところに、あくまでも彼の仕事につきそって、『日本からの先生の奥さんの怜子さん(じつは保育経験者)』、という立場で入ったのです。自分で言うのもなんですが、ここしばらく、どちらかというと私のほうが、優勢というか・・・地元での知り合いが多かったのは確かです。『かぼちゃのおうちのれいちゃんのご主人』だった夫を、本当はもっと、たてたいと思っていました。ファシリテーターという言葉がなんだか流行っていると思うのですが、いやいやうちの人は生まれながらにして人格がファシリテーターだよマジで!という気持ちだったり(笑)。

彼はごく公平にフラットな思考をする人で、人、物事に対して驚くほど「ジャッジ」をしません。感情が安定しています。誰とでも楽しく話すことができ、コミュニケーション力に長けています。でも人前で話す時には震えちゃうほどシャイな一面も。そんなところが好きです(笑)。私は内心、ケーキが作れるとかベジがどうとかそういう表象も大事だけれど、何よりも彼のような安定感、公平さ、フラットな思考が、実は生き抜いていく人間力の最たるものだと確信していました。

結果としては、米国では私が意図するまでもなく必然的に、彼の良さが人々に伝わり、すばらしくよい影響を与える存在になるまで、そう時間はかかりませんでした。(拍手!)

これは以前から本人も言っていたことですが、夫は朗らかな人だけれども米国にいる時のほうがより明るく朗らかで、また、遠慮せず表現する性格になっていたのです。ファシリテーターという本来の仕事でも、海外からの留学生対象の「英語によるプログラム」は、ファシリテートじたいが日本語の時より自然と積極的なスタンスになる、とのこと。興味深いです。言語、文化の違いは同じ人間を変える。というか、ひとつの文化の中にいると、自分でも知り得ない性質があるということにさえ、気づかないでいるだけなのかもしれません。
今回は、任務を持って来ていること、妻である私を守らなくてはならないなど、留学中とは違う責任感も後押ししていたのでしょう。
対して、私には何の生活能力も発言力も、行動するチャンスもほとんどなく常に受け身であり、『一歩下がって夫を支える』というポジションを結婚6年目にして初めて味わっていたのでした。まさに、「私にこういう面があったのか」と浮き彫りにさせられる感じでした。
夫は保育に加えて、運営側の色んなミーティングにも関わって、板挟みになりながら難しい仕事をしていたから、本当に大変だったと思います。

帰国して、絆はさらに強まっているような気がしています。もともと夫婦なので「同じ釜の飯」を食べていたのは6年前からのはずですが(笑)、この3ヶ月は仕事もプライベートも、まさに24時間ほとんど一緒に過ごし共通の体験を重ねてきたので、そういう仲間意識が強くなりました。
夫は何度も行き来しているので帰国ショックも慣れたものだろうと思っていましたが、今回ばかりは、どうも違うようです。私ほどではないものの日々、「今日は日本のこんなことに、こんなふうに感じたよ」と話してくれます。

そして今、夫婦関係が確かに変わったことを実感しています。当初考えていた「パターン化している関係性を崩す」は、見事に成功しました。私は帰国しても、わがまま放題に突っ走る姿に戻る気配が、今のところ、ありません(笑)。
できるだけ同じものを食べ、できるだけ一緒の時間を過ごし、助け合い、感謝を伝え合うことを大切にしたい。以前もそうしていたつもりだったけれど、今思うと本質的な部分はズレていたなあと。ちゃんと向き合うことで得られる幸福感、安心感の大きさを知ったら、もう夏までの自分には戻りたくないと思うようになりました。

夫も夫で、出かけてもあっさり早く帰ってきたり、以前にも増して自主的に家事をしてくれたり。あとは、保育のために色々と手作りで教材を準備してきたからか、木工クラフトをやり始めたり、さびた包丁をピカピカに研いでくれたり、しかも幸せそうに。
私、夫がクラフト好きなんて、知らなかったんです。出先で竹細工や木の雑貨などを見ると心を奪われ、「でもこういうの自分で作りたいなあ」と言っているのは聞いていましたが、実際に作るのは見たことがなく、「口だけ?」と内心思っていました、ごめんなさい(笑)。なんだか、見る目がちょっと変わりました。

また、ふたりして住居への感覚も変わりました。これは、米国で素敵なお宅を何件も見せていただいたり、実際住まわせていただいたりしたおかげです。心地よさとは何か、どんな家で暮らしたいかということも、かなり話し合いました。家具やキッチン道具のレイアウトをかえたり、当たり前に使っていたものをやめて別のものにしたり、逆にこれまで必要ないと思っていたものを購入したりしました。

なんだか、6年前の「ついに結婚!ただ幸せ!」とは違う落ち着いた感覚で、新婚生活をやりなおしている感じ。とても面白いです。



〜三ヶ月を漢字ひとつで表すなら、何?〜

これは帰国一週間前に夫から質問されたこと。「受」という言葉が浮かんだのは、意外とすぐでした。上記のように「規制の中でできること」はもちろんあったのですが、とにもかくにも、まずは「受け身」が前提であり、指示やアドバイスを待ったり、何かしらの許可を得たりしなければなりませんでした。プライベートでもです。自分で即決したり、自分の気持ちだけで選択するという場面はとても少なかったと思います。うーん、そうですね。食材の買い物くらいでしょうか。

3ヶ月限定だと言い聞かせていたのもあって、そんなに苦ではありませんでした。滞在中の頭の中はとてもシンプルでした。感情はそれはもう色々ありましたが、冒頭で書いたような、たとえばやりたいことをやるためにスケジュールを調整するといった「考えなければいけないこと」がすごく限られていたので、頭はラクだったんです。本来ならば「GO!」と思ったら突き進むタイプなので、それができないのはストレスだろうと思われるかもしれませんが、進めないのが問題ではなくて。

「いつもなら進むところを、進まないで、受け流す」というのは、「規制を受け入れた上で、自分で選択していた」こと。だから、規制のせいではありません。すごく面白いなと思っていました。「進まないでいると、こういうふうになっていくのか」とか、淡々と思ったりもしましたし、一歩ひいたところで、受け身で傍観しているからこそ出来ることわかることも沢山あるんだ、ということも知りました。
それに、助手席に座ればどこでも連れていってもらえるお人形さんのような過ごし方を、楽しんでもいました(笑)。

苦しかったのは、「受け身でいること」ではなくて、「限られた環境の中での自己表現の仕方がわからないこと」でした。
人間関係がせまく、友達がいないということの重大さに気づいたのは1ヶ月半たったころです。

日本では何不自由なく会いたい人と会い、何気ない会話をしながらでも、実は「表現欲」が満たされていたのだと思います。ケーキ作りはできなかったけれど、そういう「熱中すること」は保育でじゅうぶんできていたはずです。でも、母国語で、女友達や先輩とぺちゃくちゃしゃべったり、ただ笑い合ったり、という本来「特別じゃないこと」を、喉から手が出るくらい欲していることに気づき、愕然としました。夫がいたのだから、私は恵まれています。彼に対しては感謝以外ありません。でも、それでも、追いつかないものがあったのですね。



〜限界、その時。〜

「さびしい。友達に会いたい。」という言葉を、こんなにも良くしてくれている夫へ罪悪感を抱きつつ、ついに口にしてしまった時・・・。
たまりにたまった言葉がいっぱいいっぱいすぎて、逆に何から発したら良いのかわからず苦しくなりました。言いたいことは山ほどあるはずなのに、もはや言葉が出てきません。
とにかく、「自分のバイタリティが失われてしまう」、「この環境に合った生き方を私は知らない」、「これまで日本で32年間積み上げてきた自分の思考・行動パターンだけでは太刀打ちできない」とわかってしまって、つらくて、日本が恋しくて、外出先の車の中で、わあわあ泣きました。
夫は、何も言わずに、予定を変更して海までドライブしてくれました。

車から降りて砂浜の岩に腰掛けると、視線の先の波打ち際で、白人の5人家族がはしゃいでいました。ピンクの洋服をまとった、かわいい3人姉妹。末っ子はまだ赤ちゃんで、パパが抱っこしています。ふたりのお姉さんたちが遊ぶのを、ちょっと後ろから見守るパパとママ。海は眩しくきらめき、女の子たちの長い髪が風になびき、黄色い声と波の音が交互に響いていく。それは映画の1シーンのような、幸せな風景そのものでした。
ふと、左腕に赤ちゃんを抱いていたパパが、右手でママを抱き寄せてゆっくりとキスをしました。3人の尊い命を授かって、元気にかわいく育っていて。パパはきっと、広い空と海のもとで愛するパートナーへの想いがあふれて、たまらなく幸せな気持ちだったのだろうなあ。

その5人の後ろ姿は、まるで昔の、私の実家のようでした。両親がこっそりキスをしていたかどうかは知らないけれど。そうそう。こんなだった。妹たちと、キャーキャーはしゃいで遊んで。父親をひっぱって遊びに誘って。・・・日本にいる家族のことを想いました。
どうしているかな。元気かな。


・・・なんだか落ち着かず、一人で立ち上がり、夫を置いて岩場を上がり、トレイルに向かいました。歩いて歩いて歩いて、ひたすら歩きました。
青い海と空と、賑やかに飛びまわる鳥たちと、カラッカラの土にはびこる多肉植物の生命力、そこに照りつける夕陽を見つめました。時々すれ違うのはランニングしている思春期の男の子たち、スポーツウェアを着てウォーキングしている家族。
目を奪われたのは、鮮やかな朱色のセーターをきた白人白髪の小柄なおじいさんが、手ぶらでゆっくりゆっくり歩いていく後ろ姿でした。

このおじいさんは、毎日この長いトレイルを散歩しているのだろうか。どんな人生なんだろうか。
・・・私だって、おんなじだ。カバンも何も持たずに、海風に負けてセーターのフードを深くかぶって、とぼとぼ歩いているアジア人。何歳くらいに、どんな人に見えてるんだろう。でも、ここにいると、誰にどう見られようが全然気にならない。立ち止まろうが、ベンチに腰掛けようが、暗くなるまで、行き止まりになるまで歩いていたって、自由だ。でもひとつだけ、戻らなくちゃいけない理由がある。夫が待っている。たぶん探している。

西海岸のだだっぴろくて乾いた風景は、その時の私の心を鎮め、癒してくれました。

勝手にいなくなってごめんなさい。

1時間以上たって、やっと気持ちが落ち着いて夫の胸に戻った時。
やっぱりここでがんばらないと、と、あきらめにも近い思いを抱きました。決してポジティブではなかった。でも、ネガティブでもありませんでした。ただそのことを認めたということです。認めるよりほか、ありませんでした。ただ、どんな時もどこか心の片隅に「苦しいこともすべて自分に必要だから起きている」「今後の自分のためになるはずだし、私はそうできる」という思いがあったことで、立ち上がれたような気がします。


救いだったのは、この少し後に、米国に住む日本人の友人と、時間を気にせずにSkypeで話せたことです。高校時代からの女友達って、やっぱりいい。久しぶりに高揚感に包まれた、ありがたい3時間でした。



〜文章として残す使命を感じて〜

苦しかったことを包み隠さず綴ることには、すこし前まで抵抗がありました。けれども今朝なぜか、私には書く使命があると感じました。

海外なんて縁がないと思っていた私は、夫を含めすべての「海外生活経験のある人」「英語の堪能な人」を、別世界の人として捉えていました。というと語弊があるかもしれませんが、日本以外の国のことは、映画やテレビでしか、わからなかったからです。「私とは違うんだわ」というほどではないものの、「すごいなあ」と見上げるような気持ちでした。
それが、夫のおかげで3ヶ月も体験することができて。

「3ヶ月、あっというまだね」と、色々な人に言われたし、自分でも言ってみたりしたものの、今冷静に振り返ると、全然、あっというまじゃなかったなあと・・・。早いと感じたのは暮らしに慣れて仕事もスピード感が出てきた真ん中の10月だけで、全体としては、とても長かった。
不思議なご縁で、医師の日野原重明先生作曲家の宮川彬さんうさと服デザイナーのうさぶろうさん、という日本を代表する方々にトントン拍子でお会いするチャンスにも恵まれましたし、人生観がひっくり返るには、充分すぎる時間でした。あと3ヶ月いたら、もう一回ひっくり返っていたんじゃないかなと想像します。

何が言いたいかと言うと、こういうふうに、日本にいたらありえないような洗礼を受けるわけなので確かに、海外で暮らすということは「人にとってすごい事象」なのかもしれない。
でも、その人がすごいんじゃない、ということなんです。
うさぶろうさんが「いいですか、ここにいる日本人って、間違いなく選ばれし方々ですよ。本当ですよ。」とおっしゃっていたのが印象的でした。私は意外にも、素直にそうだと思えたんです。でもそれは、自分を米国に連れてきてくれた、本当にたくさんの歴史やご縁のおかげだと信じていたからなんだと、今、思います。

人を見上げるような感覚は、だいぶ薄れました。みんな同じなんだ。みんな、つながっている。必要があって送り込まれている。そこに役目がある。

だからこそ、初めての海外生活で揺れ動いた私の感情体験を、そのままシェアしたいと思いました。とびきり幸せで、嬉しい楽しい、感動的なこともありました。でもそれだけを綴って「アメリカ良かったよ」と伝えていたら、すこし前の私のような思い込みを持つ人から、私自身が「海外にいたなんてすごいね」と見上げるように言われてしまうかもしれない。それには違和感があります。
苦しかったことも嬉しかったことも、どちらも私にとって、恥ずかしいことは全くない愛おしい出来事でした。


次回は、ケーキの受注販売を終了しようと心に決めるきっかけとなった出来事をご紹介します。

ありがとう。
by rapisblue2 | 2013-12-22 18:15

時差ぼけ(時間帯域変化症候群)を面白がってみる。

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体内時計ってすごいですね。
帰国して一週間がたちましたが、時差ぼけ、続いています。

はじめの2日くらいは、お昼ごろ猛烈に眠くなり、昼寝のつもりで寝たら、まったく起きずに気づいたら夜中の1時、2時!!
そこで起床して活動し始めることもできそうなくらいスッキリしていましたが、さすがにマズイと思い、ふたたび布団の中へ。あの時ぐっと我慢して布団に入って良かったーと8日目の今、胸をなでおろしているところです。

今のサイクルは、

17時すぎると眠気を感じだす
→18時半にはきつくなってくる
→19時半には倒れるように布団へ
→4時に目が覚める


という感じです。

夕方眠いのが若干くやしい程度で(笑)、そこまでひどくないですね。軽い昼寝をはさんだら、もうちょっと起きていられるようになるのかも。一晩だけ、友人が夕食を食べに来て、大いにしゃべって奇跡的に0時まで起きていたことがあったんです。でも翌朝も4時にぱっちり目覚めたのにはガッカリでした(苦笑)。静かな朝の時間も悪くないですけれどね。

もともと米国からの帰国は、行った時よりも軽いよ、と聞いていた通り。
9月、渡米したときは本当にキツかったです。だいたい15時以降になると頭痛がしてきて、起きていられず、夕方は2〜3時間よく眠っていました。で、夜眠くならない・・・。それに比べれば、まだラクです。

時差ぼけについて調べていたら、とってもわかりやすいサイトがありました。

睡眠障害や不眠症を克服し、熟睡するための快眠安眠情報サイト『ぐっすりネット』


以下、上記サイトからの引用です。

飛行機で横断するタイムゾーンの数が多ければ多いほど時差ぼけはひどくなります。
太陽は東から西へ動きます。太陽の動きと同じように東から西へ向かって飛ぶときは、時差ぼけは比較的軽い程度で済みます。しかし太陽の動きに逆らって、東向きに飛んだときは、時差ぼけの症状が非常に重くなり、回復にかかる時間も長くなります。



ー時差ぼけ時差ぼけって言うけれど、改めてこう説明されると、なるほどな、でした。西方向(ヨーロッパ方面)に旅行した時は、行きはラクでも帰国後がひどい時差ぼけに悩まされることが少なくないとのこと。


子どもは大人と比べると上手に時差に順応することができますが、年齢とともに順応性が下がってきて、時差ぼけの症状はひどくなります。普段から運動をしている健康な人、規則正しい生活をしている人、よく眠れている人は時差ぼけになりにくいようです。性格的には、明るく積極的で社交的な人は、内気で消極的な人と比較すると時差ぼけになりにくいというデータもあります。また、人間はおもしろいもので、仕事で緊張して行く場合と比べて、気楽に遊びで行く場合のほうが比較的時差ぼけの程度は軽くなります。


ーこれは実に興味深いですね。やっぱり何においても、もともとの自分のカラダの状態、そして心の持ち方によるのだということを教えてくれています。「風邪をひく」という事象についても同じことが言えるはずです。

さてもうひとつ、同じサイトで「人はなぜ夢を見るのか」という記事がありました。

脳は覚醒しているのに体は休息モードに入っている睡眠のことをレム睡眠といい、夢を見るのはこのレム睡眠の時だと言われています。レム睡眠は睡眠中に何度かにわけて発生し、合計すると一晩に2時間ほどになります。つまり、覚えているかいないかは別にして、人は寝ている間に映画一本分くらいの夢を見ているものなのです。夢を見るレム睡眠は、赤ちゃんがもっとも長く、年をとるにつれて短くなっていきます。



ー帰国後、とにかく夢をよく見ているんですよね。起きた瞬間、あるいは半日くらいたつと、どんな夢だったかすっかり忘れてしまうことも多いのですが、なんだか気になります。


レム睡眠の時に夢を見ることによって、人間は一日に収集した膨大な情報を整理し、記憶として保存する必要があるものとないものに分類していると言われています。睡眠時間が長くなると当然レム睡眠も長くなり、情報の整理に使える時間が長くなります。ストレスの原因になるいやな出来事も、一晩寝るとスッキリするのは、レム睡眠の間に、そうした不愉快な情報は自分が楽しく生きていくには不要だ、と脳が判断して記憶に定着させないようにしているためと考えられます。


ー帰国ショックについても先日書きましたが、今は身体的にも脳にとっても、すごく頑張っている時なのだと思います。睡眠中に「夢」を通して残すもの、不要なものを仕分けして、私という人間が今後もすこやかに生きて行かれるように、調えてくれている。
考えれば考えるほど、感動してしまいます。
できることなら、自分のカラダの中をツアーしてみたいですね。それで、いろんな器官や細胞たちに

「あ、どうもー!いつもありがとう!」
「この前は食べ過ぎてごめんね、あのあと大変だったしょう、・・・いや、そうだよね、ほんとゴメンね」
「もうちょっとカラダ動かしたほうがいい?ぶっちゃけ、どう?血流にぶってるかな?」

なんて、会話してみたいものです(笑)。

まあ、願っても叶わないけれども、そういうマインドでいることってすごく大切だと思います。自分のカラダは自分の「モノ」じゃない。
・・・以前は、カラダって自分の所有物でしょ、みたいな感覚だったのですが。
今は、自分(の意識)よりずっとずっと凄い存在に包まれて、生かされているんだと感じています。
自らに備わっている、とてつもない生命力を知ると、そうそう簡単に薬に頼ったりはしたくなくなりますね。

薬については、10月末に非常に貴重な経験をしたので、また改めてじっくり記事を書きます。

※トップの写真は、小旅行したサンタクルーズの、森の中の宿で撮影したものです。ベッドサイドのアンティークなランプ。
by rapisblue2 | 2013-12-08 08:15

あらゆる表現の中に息づく「食」というコンテンツ

タイトルに「息づく」と書きましたが、社会の中でも個人の中でも、絶え間なく変化していく生き物のようなものだという意味で使いました。
自分の中で起きている思考の変化のスピードが速くて大きいのを感じ、帰国前2週間ほどじっと考察して過ごし、一度文章にして寝かせておいたものをちょっとだけいじって、ここにアップします。今回もボリュームあります(笑)。



〜「ベジタリアンですか?」と聞かれると〜

いろいろさまよって、YESと答えていた時期もあったのですが、あらためて、そういうわけではないなあと思います。
以前「◯◯を食べません、という言い方が、なんだかしっくりこないんだよね」「野菜が好き、なんだよね」なんて話をして、身近な友人たちと盛り上がったのですが、まさにそういうことで。

動物愛護、地球環境などの問題からベジタリアンになった方々がいます。私の場合は、これらの問題について全く考えないわけではないし、結果として実践している形になっている部分もありますが、しっかりとした思想のもとで「この食事を広げていこう!!」という情熱を強く持っているわけではありません。
野菜と穀物(米、豆、雑穀など)を好んでいる、見方によっては偏食とも言えるんじゃないでしょうか(笑)。

毎日牛乳を飲む、ヨーグルトは欠かさない、一日一度は卵料理・・・など、多くの方が「健康に良いと聞いて続けていること」は一切していないし、お肉やお魚を食べる機会もとても少ない方だと自覚しています。正直なところ、お肉を調理することは苦手になりました。がんばって鶏。なんとか豚。牛は多分、できません。買ってまで食べなくていい、カラダ、もっと言えば命を維持していくのに絶対に必要なものではない、と思うようになりました。
でも、これもまた正直なところ、「食べたいな」「食べようかな」「美味しそうだな」と思う感覚があるのもまた事実です。野菜よりもお肉大好きだった子どものころから食べてきたから懐かしさがあるんだと思います。母が作ってくれた肉料理も大切な思い出。それに従って、信頼できるものや、心のこもったお料理はいただくことがあります。でも、本当にちょっとでいいんです。
野菜だって生き物ですが、動物は足があって脳があって、動き回っている。動物性の食品、とかではなくて、動物は動物なんです。動物を食べるとき、私は少しの緊張感と、深い感謝を抱くようになりました。やっかいだけど、これくらいで心地よいです。

「屠殺ガール」と呼ばれるこの方のブログに出会ったのも大きな意識改革になりました。
ちはるの森  【生まれて初めて、鶏を絞めた日。】

来年、体験したいことのひとつです。
屠殺に居合わせた人は、ショックで食べられない人と、ばくばく食べる人と、分かれるそうです。その時になってみないと、わかりません。でも、ベジタリアンにはなりきれず、今後もお肉を食べるのだと自負している身としては知るべきことだと思っています。
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サンフランシスコ対岸のバークレーにある、かの有名なアリス・ウォーターさんのChez Panisse CAFEで、チキン胸肉のグリル、ケールのクリームソース、オニオンフライ。ふたりで一皿。盛りつけは家庭料理のようですが、このチキン、信じられないくらいしっとりと柔らかく調理され、ちゃんとお肉を食べているという実感がありながら嫌な感じが全くない。とても、とても、美味しかったのです。胸がいっぱい。一口、いえ、一噛みずつが感動でした。おかげで帰りの機内食で出たチキンは吐き出してしまいました。平飼いで自由に動き回り、鶏としての存在を守られながら育てられた個体と、くちばしや羽を切られ動くこともできずはじめから「チキン」として一生を終える個体と。ちがうのだと思います。私たちは選択することができます。・・・もちろんケールもフライも、パスタ、サラダ、デザート、そしてコーヒーも、鉄瓶でたっぷり出てきたルイボスティも、飾らないけれど胸にせまるものがありました。本当に印象的なディナーでした。


お魚については、現在の海の環境を考えると大げさではなく非常に危険と認識しているので、私は今「できるだけ食べない」を選んでいます。これはベジ云々ではなく、海に囲まれた国、その恵みをいただくはずの日本人として残念な気持ちです。
米国ではついに、年内に遺伝子組み換えの鮭が販売開始されるというニュースがありました。通常の半分程度のスピードで成長するそうで、完全に自然界の生態系からは隔離して養殖されます。もちろん厳重に管理されるはずですが、もしも一匹でも海に放たれたら、もうそこから先はとめられません。

特にお子さんや妊婦さん、授乳中の方、そのパートナー、今後そうなる可能性のある方は今後、栄養以前に遺伝子レベルで、食べるものについて本当によく考える必要があると思います。ここまで来ると、もう触れずにはおけない状況のはず・・・。
何を食べるか、そして、個人の「排泄力」もカギになってくるでしょう。


話がとびましたが・・・
私は食べ合わせやよく噛むことで消化を意識し、本物の発酵食品で菌を意識し、海藻や青菜でカルシウムを意識していたりはします。不調な時は、原因がわかっていれば、栄養をとるというよりも絶食によって、短時間でスッキリすることも。
でも、食はカラダづくりのベースではあるけれど、健康ってそれだけじゃない。運動や精神的な安定、生活環境などトータルで感じられるものだと思うので、一点だけ見て、お互いに対抗するようなことではないのですよね。


〜言葉に違和感を抱くということ〜

最近、これまで当たり前に使ってきた言葉に違和感をおぼえるようになりました。
正確に言えば1年前くらいからなんとなくあったのですが、それを強化するようなタイミングでの様々な出会い、そしてそれらをじっくり後から振り返る時間を持てているということもあって、米国滞在中に急展開していった感覚があります。

たとえば、日本で多用されている

「卵、乳製品、白砂糖不使用」

という但し書きだったり

「ベジごはん」
「ベジスイーツ」


他にも色々、

「ベジ◯◯」「マクロビ◯◯」「お肉みたいな◯◯」
・・・などのメニュー表記、

「からだにやさしい◯◯」「地球にやさしい◯◯」なんかもそうです。

(※マクロビオティックを略す時に、「ビ」で切るのも、個人的にはちょっと違和感が・・・こまかいっ笑!意味ではなくひとつのファッションとしてとらえれば、そういう言い方もまーいっか〜なんて思いもありますけどね!)

個人的には、突き抜けたい!けど突き抜けない!うーん、ムズムズです。

なんでしょう、ベジから飛び出て遊んだネーミングが、もっとあってもいいのになって思ったり、します。愛着が持てるような料理名、商品名。
先日寄った日本料理の巻寿司メニュー名が、それは面白かったんです。
「Red Heart」、「Sunset Strip」、「Lion King」、「Black Widow」などなど。
これだけ見てもどんなものだかわからないけれど(笑)、使っている食材を別で記載してあれば、気になる人は確認することができます。
これは大胆な例でしたが、逆に、シンプルに特徴を表現した「ざくざくジューシーなアップルパイ」なんて、好きです。「ベジアップルパイ」と言われると、パイにバターを使っていないんだなというのは伝わるけれど、なんだか美味しそうに思えなかったりします。原材料の性質がちがうもので作るわけなので、名前も置き換えるだけより、そのもの勝負で素直に表現する豊かさがもっと広がったら、楽しいですよね。
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季節の果物のパイ。サンフランシスコ市内フォートメイソンにあるベジタリアンレストラン、greens restaurantのTO GOで。コーンミール入りの生地はざくざく食べ応えがあり、フィリングはアメリカにしてはかなり甘さ控えめ、その名の通り季節をちゃんと感じさせてくれる、りんご、あんず、チェリーでした。一緒に頼んだカフェラテもとても美味しかった!!昨年、今回の滞在のための下見でサンフランシスコに一週間ほど滞在したのですが、その時に体験したディナーも言葉にならないほど素晴らしかったです。


確かにベジ表記は、私自身も選択の際に参考にすることが多いです。ただ、以前は「それが書いてあれば安心、OK」みたいな感覚でしたが、自分にとってこの食生活が当たり前になった今、「特別なこと」として取り扱われていることに、逆に居心地の悪さみたいなものを感じるようになりました。そのため、「ベジなのはわかったけれど、その前に、その先に何があるんだろう?」という意識が生まれたのが、大きな変化です。
「◯◯不使用」という以外に、もうちょっといい言葉、ないものかしら・・・と。(念のため書きますが、アレルギーで食べられない方々に、これらの表記が重宝されていることは承知です。この件を同じ土俵で語るのはむずかしいと思っています。)

米国では「NO ◯◯」「◯◯ FREE」という表記と並んで、「VEGAN」(ヴィーガン:乳製品、卵も食べないベジタリアン)という文字がポンッと一言、添えられていることが多いです。この一言で、伝わるんですよね。飲食店のメニューにしても、スーパーマーケット、ファーマーズマーケットの商品にしても。どう思うかは置いておいて、米国でこの言葉を知らない人は、いないのではないでしょうか?
日本にもこういう言葉があったら、さっぱりしそうな気がしますが、むずかしいのかな。


〜ヴィーガンという言葉の背景を調べてみたら〜

ところで、ベジタリアンはわかりやすいけど、そういえばヴィーガンの語源って一体? ・・・と、調べてみたところ、出てきました。以下、Wikipediaより引用です。


1944年にイギリスにおいてヴィーガン協会の共同設立者であるドナルド・ワトソンによって作られた言葉であるが、ヴィーガン協会は卵の摂取にも反対していた。1951年、ヴィーガン協会は「ヴィーガニズム」の定義を拡大し、「人間は動物を搾取することなく生きるべきだという主義」の意味だとした。

「ヴィーガン」という言葉の起源について:

「私は、初期の読者たちから『酪農製品を食べないベジタリアン』を簡潔に言い表す言葉のアイデアを募った。dairyban、vitan、 benevore、 sanivore、beaumangeurといった突飛な案も出たが、結局私が採用したのは私自身の案である『ヴィーガン』だった。それはベジタリアン(vegetarian)の最初の3文字と最後の2文字—つまり『ベジタリアンの初めと終わり』—で構成されている。この言葉はオックスフォード英語辞典に採録されたが、それよりもっと良い言葉を作ろうとはした人はいなかった。」

ーなるほど!!ベジアリアンの初めと終わりの文字だったんですね!

「私たちのグループや雑誌、そして私たち自身がどのような名前で呼ばれるべきか、私たち全員でよく考えなければなりません。『ノン・デイリー(非酪農製品)』は一般に通じる口語表現として普及しましたが、「ノン・ラクト(非乳製品)」と同様、語感が否定的すぎます。」

ーこれ、これなんです。「否定的」であるということ。

私がこれまで自分の作るものについて「卵、乳製品、白砂糖不使用のケーキです」と説明するも、どこか声高らかに言いきれなかった要因は、ここにあります。

アレルギーで一切の動物性食品が食べられない方もいらっしゃいますので、そういう方には、どうぞご安心ください、という意味で、「使っていませんよ♪」と堂々とお伝えしてきました。

でもある時、オーダーメイドで製作して原材料表とともにお渡しした後で、「こういう原材料のケーキだって知らないでお願いしてました!!」というメールをいただいて、びっくりしたことがあります(笑)。やりとりの中で他のお客様と同様に記載はしていたのですが、その方はとにかくデザインにこだわりをお持ちで、あとは基本的にはおまかせで良いという認識を私はしていました。

「期待以上のデザインでした!」「とっても美味しかったです!」の後に上記のコメント。植物性のみでオーガニックの原材料を集め、鮮度にも注意を払って製作している私にとっては、「このことを知らずに、デザインだけで私を信頼してオーダーしていただいたなんて・・・」とびっくりしたと同時に、じわじわと嬉しさもこみあげてきました。これもあり。これでいいんじゃないか、と思ったのです。

もともと普通の洋菓子を習っていて、その道に進もうかという直前にマクロビオティックに出会い方向転換したものの、歴史ある洋菓子の世界には今でも畏敬の念を抱いています。そして、そこに欠かせない卵、バター、生クリーム、真っ白な砂糖といった原材料についても、今ではカラダが受けつけにくくなってしまったという自分の都合は別として、やはりお菓子の歴史、文化、人々の喜びをつくりあげてきた大切な存在だと思っているんです。これはほんとうに、心から。

私のしていたことを伝えると「パティシエさんなのね」なんて言われることもありましたが、とんでもない。自称でも恥ずかしいと思うくらい。西洋菓子のプロとしての彼らの仕事の厳しさを、私は知るよしもありません。それでも、有名店ではなく、素材云々でもなく、大切なお子様のお誕生日ケーキを一つの作品としてとらえ、かぼちゃのおうちにオーダーしてくださった方がいたということは、私にとって忘れられない出来事でした。


* * *

〜よい菌で、健康になる?!その時起きていること〜

ちょっと話はとびますが、今年7月、念願叶ってCOBO研究のウエダ家のお教室に参加した時に講師ユウさんから聞いた一言がとても印象的でした。

「そもそも、良いものだけとりいれて自分のカラダを健康にしようとか、そういう考え方がもう嫌ですね。」

私が、この春夏かなり流行していた酵素ジュースについて質問した時の回答でした。
流行の砂糖を大量に使用して作る酵素ジュースと、ウエダ家さんの、水と果物の力だけでできるCOBO液は全くの別物です。酵素が良いと言って、それを人間がたくさん摂取できるように、大量の糖分を与えて酵素ジュースを仕込むことが、実は周辺の菌環境を大いに乱し、見えなくても影響を及ぼしているということを知ってほしい、とのことでした。

これは、フリーズドライで売っている天然酵母(もともとは自然界のものだが、商品化するために人工的なエサで培養している酵母)に関しても同じことが言えるそうで、実際にウエダ家さんでこれらの商品を使ってみたところ、ウエダ家COBOたちが2週間以上も活力を失い、COBOパンがほとんど膨らまなくなってしまったことがあるそうです。このお話には本当にびっくりでしたが、酒造見学に行った時にも似たようなお話を伺ったことを思い出します。見学当日、納豆だけは食べてこないでください、と注意書きがあったのです。納豆菌はとにかく強いので、麹菌が弱まってしまうからとのことでした。
(納豆菌は天然の抗生物質とも呼ばれます。なお、以前かじのやさんに工場見学に行った際、納豆菌の会社によって現代の納豆菌のほとんどは人工的に培養されているというお話を伺いました。)


* * *

〜表現者としてのこれから〜

最近の違和感は、このウエダ家さんの一言の重みが、今になって腑に落ちてきたせいもあるような気がします。暮らしの空間とともに、バランスを保つということ。きっと私はこういうことも含めて、カラダのこと、食のことを感じていたい。日々の選択をしたいんだなあと思うのです。

面白いから、楽しいから、美味しいから、カラダが楽だから。「食べることは生きること」という言葉を聞いて、「そうだそうだ!」と思ったり。
「食」そのものをストレートに見つめながら、5年間、変化しながらですがこの食生活を続けてきました。何を食べるのか、食べないのかにこだわってきました。もちろんこれからも、私にとっては大切なことです。

けれど、ベジとか自然食といったくくりが、自分の中でほとんど意味をなさなくなってきているのを感じています。その道のプロという方々への憧れはずっとあるのですが、私はどうもひとつのコンテンツの中に没頭できない。たとえば「食」の中だけでは、自分の思いを表現しきれなくなってきます。

カリフォルニアに来て久しぶりに保育現場に携わる中で、書道、音楽、絵画、体操、言葉といった各分野をクルクルと行き来しながら、子どもたちとの関わりに活かすことができました。その中で自分が改めて「表現すること」が好きで、「表現の根底にあるものを伝えたい」という気持ちが強いということを、はっきりと感じました。
各分野、技術的には素人にちょっと毛が生えたくらいのものなのですが、その浅く広くの中に共通して横たわる呼吸、通り抜ける緊張感、静けさ・・・を、私は介護でも、保育でも、接客でも、そしてケーキを作る上でも、ずっと大切にしてきたように思います。

同じように「食」という分野も、全ての表現活動とつながっています。

私は、今から各分野のプロにはなれないのです。
そのかわり、浅く広くを逆手にとって、旅をしようと思います。
20代までは、ピョーンと大胆に別の島に飛び込んで、のめりこんで、時間がたつとまたお引っ越し。

でも今私がしたいと思うのは、船乗りさん。
それぞれの島の間をたゆたい流れる「水」をすくって、見落とされがちな光を見つけること。島に生きる草や花の根元に、その水をそっとこぼして声をかけて、必要ならば少しのあいだお世話をします。見届けたら、・・・振り返らずに、また船に乗る。

たとえて言うなら、こんな感じです。
言葉の違和感から広がったこのお話のつづきは、ときどきご紹介します。
by rapisblue2 | 2013-12-06 20:03

自分が変わったことを痛いほど感じる「帰国ショック」

改めまして。
11月30日、無事に新百合ヶ丘の自宅に帰りました。以下はFacebookに投稿した、帰国前〜帰国後、ぜんぶで5日分のエッセイです。我ながら、その時にしか書けない文章だったなあと思い、振り返ってみました。



【11月25日】
「90日間のカリフォルニア滞在も終盤です。最後の週末は、私のブログを見つけてコメントくださったのをきっかけに、素敵なご家族とお会いすることが実現。会った瞬間わかりあえたような気がして、久しぶりに、胸がドキドキしました。

夜は観光地から離れた森の中にひっそり佇む、古く美しい宿へ。
パチパチと音をたてる暖炉のそばで、ささやかな夕食をとりながらこの三ヶ月を振り返りました。
日本を発つ時に想像していたものとは、暮らしも仕事も全く違うものになったけれど、それでも[自分は自分として生きている]という真実を実感できたことは、とてもとても大切な体験です。

それから屋外のジャクジーへ。森に棲む生き物の営みをBGMに、スターダストを飽きるほど見上げながら、流れ星をふたつ数えました。

朝食は、四人のためだけに丁寧にしつらえられたテーブルで。銀の器やカトラリー、レース編みのナプキン、揺れるキャンドルの火、焼きたてのホットビスケット…
思わぬあたたかい出逢いを愛おしみつつ、次の約束へ向かいました。

行き当たりばったり、今の看板気になる!と思ったら引き返したりしながら、西海岸を臨む、アメリカで最も美しいと言われるルート1を走り続けて。同じメンターのもとで学ぶ仲間と対面。人と人が引き合う力、求め合うエネルギー。不思議で、そして優しい時間が流れていました。

…帰ってきて、とことん私たちらしい二日間だったねと、うなづきあいました。

生きていくということは選択の連続。私たちはその選択の基準を、この三ヶ月でよりシンプルに研ぎ澄ませることができたように思います。
物質的なものの他、形に表せないようなことについても。

帰国して、またバタバタと進んでいくこともあると思うけれど、この週末こうしてじっくりと確かめ合ったことは、箱に入れるというよりは風呂敷に包んで持ち帰って、いつでもその感触を確かめ、時にスッとほどいてタイムスリップ!…そんな、世界に一つの自分へのお土産にしたいと思います。」
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【11月29日】
「こんなことで泣けるなんてと自分に驚いたはなし。
空港で朝一番、並んでて、ANAカウンターが開くのを初めて見た。百貨店のオープンみたいにスタッフの方が一列に並ぶ。

真ん中にベテランらしき方が立ち、英語、日本語でご挨拶。英語では、私たちをお選びくださってありがとうございますという内容。日本語では、

「おはようございます。大変お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」

そして丁寧なお辞儀と美しい笑顔。
その瞬間涙がこみあがってきた。
これが日本の「おもてなし」なんだと。

別にすごくびっくりするようなサービスをしてもらったわけじゃない。スッと姿勢良く立ち、上品なメイク、制服を美しく着こなし、お辞儀をしてようこその気持ちや感謝を表す。
日本で当たり前に受けてきたものが、こんなに感動するものだったなんて。

知らなかった。

知らなかった。

日本人、ステキだな。

もう少ししたら、帰国する飛行機に乗ります。

隣には夫がいます。

外から見た日本、という視点が生まれたこと、
様々なバックグラウンドの中、日本以外で暮らしている日本人の子どもたち、大人と触れ合い、限定的だった「国際人」のイメージに広がりを感じ続けられたこと、
夫への愛情と信頼が深まり、お互いになくてはならない存在であると改めて気づけたことが、この三ヶ月の財産です。

また来ます。
ありがとう!」



【11月30日】
「無事に新百合ケ丘の自宅に戻りました。
時々空気の入れ替えなどで来てくれていた母と義母、そして姪のメモが残してあり、交換日記みたいになっていてほっこり。昨日は義母がお花を飾って、私の母が差し入れを用意して、おかえりの準備をしてくれていたそうです。
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それにしても、生活感がない部屋は落ち着かず、しばらくふたりで、荷物を片付けるでもなく、家の中をそわそわウロウロしてました。

意外と、

わーい!ただいまー!!!

という高まりは感じませんでした。まだ、子どもたちとしたハグの温もりが胸に腕に残っているくらいなのに、もう日本にいる。とても奇妙な気持ちでした。

キッチンや洗面所の台、天井などがとても低く、家具や家電は小さく、すべてがコンパクトに感じる。自分たちが大きくなったみたいな錯覚…。
楽しみにしていたお風呂は、塩素のきいたプールに入っているような。あれーこんなだったのかなと。

でも、お布団を敷いたらやっと、

あーウチだわー
わたしの布団ー!!

と、気持ちがゆるみました。

これから逆カルチャーショックみたいなのが沢山あるような気がするけれど、とりあえず今考えても仕方ないから寝ます。

すこし先に就寝した夫の寝息に、自分の呼吸を合わせたくなる。やっぱり隣にいる。安心。」



【12月2日】
「きのうは、今年はじめに仕込んだ味噌をあけて、美味しすぎてなめまくった後に、それでお味噌汁つくったよ。お米と、少しだけ残していった乾物しかなかったので、朝食は、

ごはんと、
海苔のお味噌汁と、
だし汁とった昆布&椎茸のおかず(ごま油たっぷりと葛粉絡めて炒め、醤油、だし汁と梅酢少々でグツグツして、すり黒ごま塩和えたもの、胡桃トッピング、ごはんが進むー)、
自家製の二年目梅干し、

でした。

お味噌汁で泣きました。

お米も、向こうで育ったオーガニックあきたこまち、お鍋炊きしたの食べてたんだけど、やっぱり違う、甘みが違う。

お昼ごろ、馴染みのお店に食材を買い物に行きました。

帰ってきて、軽く納豆ごはんを。お気に入りの醤油と、サクサクえごまを混ぜて。

わたし納豆そんなに好きじゃなかったのに、何故だかこの三ヶ月で好きになってしまったよ。天然の抗生物質と言われる納豆菌で、もろもろ弱ってた身を守りたくなったのかも。

それから二年前から気になってたヒーターをネットで購入したあと、外から

焼きいもー焼きいもー
ほっかほかーのほっくほく♪

と聴こえてきて、猛烈に食べたくなりダッシュで買いに行き、勢いで二本。なぜか一本オマケしてくれて三本抱えて帰り、熱々をハフハフしながらほおばったら、カラダの芯から満たされた。
ああ、これ保育室のあの子たちに食べさせてあげたいなあと思う。
ほんとに炭火の石焼きだった。おじさん、これじゃないと甘みが出ないんで、と言っていた。嬉しかった。

4時に目覚めちゃってたのもあり、疲れたのでちょっとお昼寝しようと夕方横になったら、起きたの夜中の1時(笑。意外と大丈夫かなと思ってたけど、完全に時差ボケだ!と二人して大笑い。

ここで起きたらダメなので、またお布団にもぐりこみ、朝まで寝たよ。

寝過ぎか貧血か、どうも起きられずにいたら
夫が布団まで、昨日のお味噌汁を持ってきてくれた。
味噌汁、一杯飲めば起きれるかなと思って、と。
お味噌の濃さを調整してまで!

彼の言うとおり、20時間の空腹に沁みわたった一杯のお味噌汁が与えてくれたものは、もう、言葉にならない。

おなかからじわじわ温まり、血液が流れ出し、飲み干す頃には頭痛が消え、さいごに底に残った麹や豆の粒を噛み終わると、視覚もハッキリくっきり。

よし!
昨日買ったお野菜で、美味しいおかずをこしらえよう!

と、その前にここに記録中。

食いしん坊レイコに相応しい、新しい日々の始まりのお話でした。」



【12月5日】
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「野菜料理カフェKIRAKIRA、今週から出勤しました。三ヶ月お休みさせていただいていたような気がしない、不思議な感覚でした。
ともかさんが、帰国のお祝いにと、まかないで、こんな素晴らしいお料理を用意してくださいました。ありがたくて、もう、言葉になりませんでした。

毎日、保育のことばかり考え、子どもたちのみずみずしい一瞬一瞬を受けとめていた三ヶ月。私はあくまでもボランティアだったから、責任も何もなかった。でも睡魔に負けて、準備で手を抜いたことはあっても、子どもたちの前では、夫にも見せたことがなかった、キリリな保育者を貫いたつもり。

主任の先生に「初日から、保育経験者らしい安定感でした」と認めていただき、久しぶりに教育畑で自分を発揮できた喜び。新学期の不安盛りだくさんの中、子どもたちや保護者の方々に、安心感を持ってもらえたこと。笑顔になれる時間を、たくさんたくさんプレゼントできたこと。

かけがえのない経験です。

なんだか、帰国して数日たってから、うまく言えないけどとても空虚な気持ちなの、と夫に言ったら、

子どもたちが恋しいんじゃないの?

と言われ、どストレートすぎて、逃げらなくなり、決壊してしまいました。

そうだ、恋しいんだ。あの子たちに、また来週会うってことができないんだからね。責任はなくても、大好きになりすぎた。心からの敬意を持って、全員のモノマネができるくらいにね。

いいじゃん!
強がんなくたっていいじゃん!

恋しいんだって、寂しいんだって、認めなさい。


…どこか宙ぶらりんなまま、アメリカにいるあいだ一度も口にしなかった「いらっしゃいませ!」という言葉を反射的に言ってお迎えする私に、常連さんとはいえそんなにお話したことはなかったお客様が、開口一番、「おかえりなさい!」とお声がけくださった時。

小さな驚きとともに、深い安堵感に包まれました。救われるようでした。

どちらも、私なんだ。

ある人に、もう夢の三ヶ月は終わりね、ここからは現実だね、頑張って!と言われたんだけど。

子どもたちとの日々は、きらめくような夢や幻ではなくて、ただの愛すべき日常でした。

しばらく宙ぶらりんな気持ちだと思います。
だけど、ともかさんのもとに帰ってこられて、幸せだなと思います。

また来週、水曜日と木曜日。よかったら、皆様ランチにいらしてください。
お待ちしています。」



・・・エッセイ、ここまで。



〜「帰国ショック」を物語る、自分のエッセイを考察して〜

一応これでも人様に読んでいただくものとして書いているので、自分の中にある感覚からすると、ここに紹介したエッセイに生温さは拭えませんが。

逆カルチャーショック、帰国ショックなどと呼ぶそうです。
もとの暮らしに戻ったようでいて、道を歩いても買い物しても、何をしていても・・・あらゆることの感じ方がちがうことに、すこしだけ戸惑ったりしています。ある程度、予想はしていたけれど。

お世話になった方々にお手紙を書きたい。
まだまだ、書ききれていない体験をブログできちんと文章にしておきたい。
子どもたちに会いたい。
でも日本の家族や友達と会えてやっぱり幸せ。

この複雑な心境にしがみつくつもりは全くないです。心はありのままでいさせてあげながら、一つひとつ、やるべきことをやっていくしかありません。
しばらくは魂が米国と日本を行ったり来たりしているかもしれませんが、それも楽しめたらいいなと思います。

いちばん大きいのは、周りからどう見られるかということが気にならなくなった(自分比)、という点かもしれません。なんでしょうね。3ヶ月でそうなったんです。アメリカ人は、とひとくくりにするのもなんですが、少なくとも私が滞在したところではほとんどの人が周りのことなんて気にしないから、気にしてあれこれ考えるという「ムダ」が滑稽に思えてくるというか、むしろそんなこと考える段階もほとんどなく、ただラクだな〜という感覚から、それが普通になっていきました。
とはいえ、日本人としてここまで生きてきていますから、遠慮とか、奥ゆかしさとか繊細さとか、そういうものの良さもわかるし、捨てきれません。
でもね、ただシンプルに、自分がよいと思うことをする人間でいよう、そう誓いました。

帰国してみると、さっそくそんな自分を試されるような機会がごろごろ転がっています。見方によっては、ホント、常に、です。

「ハイ来た!ここで、以前の私だったらこうしてたけど。それはなぜ?周りにどう思われるかを気にした結果?だとしたら即刻、却下。」

・・・と、簡単にいかないこともありますが、本当に自分軸で冷静に見つめると、答えは明白なことがほとんどです。

シンプルになればなるほど、本質的なものが見えてくる面白さ。
「私、どこまでいけるかな?」と思ってすぐに、「これからは夫といっしょに、歩幅をあわせてね。」と思うようになったことも、大きな変化かもしれません。
by rapisblue2 | 2013-12-06 08:43

帰国しました。と、オーダーケーキ終了のお知らせ。

11月30日、夫婦そろって無事に帰国しました。

まずはじめに、かぼちゃのおうちのオーダーケーキは、いったん終了させていただくことにしましたので、ここにお知らせします。

米国への出発前は、どんな生活になり、どんな感情体験をし、帰国してどんな思いになるのか全く想像がついておらず、「再開は未定」とお伝えしてきました。
けれど最後の一ヶ月で人生観がひっくり返るようなことがあって・・・(この件はまたいつか、書ける時が来たら書きます)
「ケーキのかぼちゃさん」という愛称を手放すことに、まったく抵抗を感じない自分に気づきました。

【かぼちゃのおうち】という屋号は大切。お菓子の世界を愛しています。今後一切ケーキを作らないと決めるわけではありません。でも今の心境からして、しばらくは作らないでしょう。
実は昨日、オーブンレンジも製菓道具もキッチンから引き上げて別の部屋にしまってしまいました(笑)。こういう時は早いんです。作らない、と思っているのに、使わない道具がキッチンの良い場所に居座っているのはムダ以外の何者でもありません。なにせ米国から戻ってくると、自宅キッチンがとにかく狭く感じて仕方ないんです(笑)。広々と料理したいですからね。

オーブンまでしまうことないじゃない・・・って言われそうですが、我が家はレンジ機能は一切使わないので、お菓子を焼かないとなると使用頻度がぐっと減ります。使うとするとグラタンなどのオーブン料理ですが、電気オーブンは余熱も調理も時間とエネルギーばかりかかってしまいます。そのうちガスオーブンにしたいです。

そんなわけで、オーダーメイドでの受注販売という形は、ここでいったん終了とさせていただくことにしました。また来年も・・・と楽しみにしてくださっていた方々には心苦しく、たいへん申し訳なく思っています。ですが、こればかりはどうか、受け止めていただければ幸いです。

今後もブログは続けていきます。また違った形での発信者、表現者としての藤樫怜子を、どうぞよろしくお願いいたします。
なお、ケーキについてお問い合わせいただいている皆様には、順次ご返信させていただきますので少々お待ちください。

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これまでにオーダーケーキをご注文くださったり、主催イベントに足を運んでくださったりした方々は、私にとってこれからも変わらず、本当に大切な存在です。
同じケーキは作りませんでした。すべてが、世界にひとつでした。

お子さんの成長のこと、近況など、良かったらいつでもメールをくださいね。かならずお返事をいたします。そして、もしご迷惑でなければ、「お友達」として、野菜の美味しいカフェにでもランチに行きませんか? お子さんと一緒に遊んだりも、したいな。お誘いを心からお待ちしています。


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同じように、植物性の原材料で美味しいお料理やお菓子を提供されている方々が近隣にもいらっしゃいますので、ここでご紹介させていただきます!

Cafe Sante http://ouchi-sante.jugem.jp 
ママカフェMaru。さんの跡地にオープンした、ご夫婦で営まれているカフェです。お教室、各種ワークショップ、テイクアウトあり。ご主人の淹れるコーヒーが自慢だとか。

CAFE KIRAKIRA http://cafekirakira.com
センス抜群、TOMOKAさんの洗練された野菜料理、植物性って信じられない?!誰もがうなる絶品ガトーショコラ、ぜひ食べてほしい!私はこちらで接客スタッフをさせていただいています。お教室、各種ワークショップ、テイクアウトあり。ケータリング、パーティ料理もおすすめです。

m's natural foods studio http://ameblo.jp/shifon0607/
心地よいご自宅でのマクロビオティックお料理教室です。常に学び続けるエネルギッシュですてきな先生!各種ワークショップあり。その他、興味深いさまざまな活動をされています。メッセージ性の高いブログ記事はとても勉強になります。

こちらは自由が丘(都内)になりますが・・・
GRACEFUL SWEETS http://gracefulsweets.jp
(旧・シンプルモダンマクロビオティック)
ベジスイーツ、マクロビオティックスイーツの世界では別格ともいうべきレベルの、ハイクラスな植物性パティスリーです。もはやベジとかマクロとか関係なく、その名の通りグレイスフル。驚くべき食感と味を追求しつづけています。研究開発にかけるパワーは果てしない。私はこのお店の2年目〜3年目をつなぐ1年間、店頭と厨房で鮮烈な経験をさせていただきました。これからも陰ながら応援しつづけます。


・・・以上、機会があったら、ぜひアクセスしてみてくださいね。必要でしたら、ご紹介もさせていただきます。

記事のアップにはムラがありそうですが、今後しばらく、このブログには米国での三ヶ月を通して変化した内面的なことを書くことになると思います。
by rapisblue2 | 2013-12-05 08:16